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【小説】オンステージ~第6章「魔法なんてない」~


前章

※この物語はフィクションです。


第6章 「魔法なんてない」



「お~!今度は大学職員になったんだ!すごいじゃん!」


 年末になり、また地方から帰省している唯一の友人と飲んでいる。なんだか会うたびに俺が転職しているようで継続性の無いやつに思われてそうだ。実際そうなのだが。


「それでさ、相談なんだけど・・・話の通じないやつにどうやったら通じるようになると思う?」

 

 俺は短大で働き始めてからの悩みを友人に打ち明けた。


「え、そんなの無理じゃん。だって話が通じないんだから。」


 まじか。


「あー、でも相手に合わせて話してあげたりするかなー。例えばさ、今こうやって普通に転職とか大学職員とかって話してるけど、これが小さな子ども相手だとそういった言葉も分からないわけ。だから、『転職っていうのはお仕事を変えることだよー』とか『大学職員っていうのは先生とは違う事務さんだよー』とかそんな感じで言ってみれば?まあ話の通じない奴は大人になっても通じないけどね(笑)」


 なるほど・・・と、俺は感心した。普段は全く意識していないが、こうして会話がノンストレスで成り立っていること自体がありがたい話だった。コミュ強はやはりコミュ強である。


 相手に合わせて話してあげる、か。今度やってみよう。






 次の日、早速学生が窓口に質問に来た。


「次の授業の教室ってどこですか?」


 なんで今更そんな事聞くんだよ、と思いながら俺はいつも通り掲示板を見てくださいと答えた。


「掲示板?」


 学生には伝わらなかったようだ。そこで昨日の友人の言葉を思い出した。


「掲示板っていうのは、学校からの大事なお知らせを掲示するものです。ですので、それを見てください。」

「いや、意味は分かるんですけど・・・それどこですか?」


 どうやら俺は相手の質問の意図を間違えたようだ。コミュ障には難しい。
 いつもだったら学生から聞き返されても内心(なんでそんなのも分からないんだよ)と思いながら掲示板を見てください、と言って終わっていたコミュニケーションが、『噛み砕いて説明する』というアクションが新たに加わった。
 これは俺にとって少し新鮮だった。


 ただ、やはり学生が何を知りたいのか、これを掴むのが難しい。学生は何を考えているのか、なんでそんなことで質問してくるのか。見れば分かるのになぜやらないのか・・・


 もうすぐ大学職員として働き始めて1年になるが、少しずつ学生について考えるようになった。






 そして再びあの忙しい4月がやってきた。例年通り履修については『履修相談』という形で教職員が学生に寄り添って一緒に授業を決めるのだ。授業や体系的な部分については1年やったことにより覚えたので、去年よりはかなり楽に感じられた。


 しかし、相変わらず学生が自分の言うことを理解してくれない。と、去年の俺はここで心が折れていた。
 今年の俺は違うぞ。(なんでそんなのも分からないんだよ)を一度グッと堪えて、一人一人分からなさそうな所を説明した。



 結局一人一人に対応するのにとても時間が掛かり、全然他の学生の対応ができなかった。そしてめちゃくちゃ疲れた。ただ、説明を受けた学生の表情が最後には少し晴れたように見えたのが、せめてもの救いだった。


 こんな感じで丁寧に噛み砕いて説明してたら時間がどんなにあっても足りないぞ。やっぱり『自分で見てください』『調べてください』といった方が楽なんじゃないか・・・


 いやいや、そんな簡単に諦めるな俺。説明してて思ったのが、俺自身まだ理解が及んでいない部分もあったりしたし、そういった所は俺も勉強だ。今回の履修相談は丁寧に説明する、これを貫く。

 俺は自分に枷をはめて学生対応することにした。そしたら何か変われるかもな。





 あの忙しい4月も終わりGWに入った。俺は劇的に何か変わったわけじゃないが、分かったことが二つあった。
 一つ目は、俺もまだまだ学生に言えるほど教務の事を理解しているわけではなかった。学生の分からないことを丁寧に噛み砕いて説明しようとしても上手く説明できなかったことが何度もあった。
 二つ目は、学生は『分からない』というよりも、どちらかと言うと『知らない』という表現の方が正しいような気がした。俺がそれくらい知ってて当たり前だろ、と思ってたことも学生からしたら今までの人生で経験したことないことだったりする。


 そう感じてからなんだか学生に(そんなのも知らないのかよ)と思えなくなってきた。俺だって知らないことは沢山ある。インドに行って現地人に(このカレーのスパイスも知らないのかよ)なんて思われてたら、なんか嫌だ。インド人の常識が俺にとって初耳のように、俺の常識が学生にとって初耳の事も当然ある。


 思い出してみろ俺。お前は新卒で入った病院でも派遣でやった営業でも、中で働いている人は共通認識で理解していた内容をお前は自分で調べられたか?自分でどうにか乗り越えてきたか?結局うまくいかなかっただろ?
 そう自問自答していたら、なんだか学生に優しく接しないとな、と思えてきた。



 すぐにうまくできるようになる魔法なんてない。学生と向き合えるように、一歩前に進めたような気がした。



続く

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