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【小説】オンステージ~第5章「知らなかった世界」~

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※この物語はフィクションです。


第5章 「知らなかった世界」



(なんで話が通じないんだ・・・!)



 俺は困り果てていた。




 ついに4月から大学職員として働き始めた(派遣社員だが)。人気で高倍率の仕事なので、どういった業務が待ち受けているのか不安もありながら、それでも大学職員になれた喜びが勝っている。

 当たり前だが、大学業界の4月はとても忙しい。入学者を受け入れる準備、入学式から新入生と在学生向けのオリエンテーション、そして実際に授業が始まれば履修登録やら教室についてなど様々な質問対応に追われる。俺は教務課に配属されたため、授業や履修に関することを担当することとなった。4月のガイダンスにとりあえず出席し、学生たちと共にこの短大のカリキュラムや履修について話を聞いた。こういった話は職員がするものだと思っていたが、教員がしていた。てっきり教員は研究や授業における学生対応だけをするものだと思っていたがそうではないようだ。

 ガイダンスが終われば履修登録期間となる。俺が学生の頃は自分で学生要覧やシラバスを見て、“自分で”システムから履修登録をしていた。サークルや友人がいるような大抵の学生は友達同士で登録をするのが普通だ。
しかし、ここでは『履修相談』なるものを実施しており、教職員(主に職員)が学生と一緒に履修を決めていく、そんなことをやっていた。


(えっ、そこまで面倒見なきゃいけないの!?)


 内心そう思いながら入って間もないのに学生たちに履修に関するアドバイスをしていた。更に履修登録は専用の用紙に記入し、履修期間が終われば職員が手入力でExcelに入力し、それを履修登録としていた。実にアナログだ。というか高等教育機関でこんな地道な世界があったのか、そう思い知らされた。もし俺が大学を卒業して大手企業に入って順調に暮らしていたら、このような世界があることなんて絶対に知る由もなかった。



 あわただしい4月を乗り越え、ゴールデンウイークが明けた頃から少しずつ業務も落ち着いてくる。といっても俺は派遣の身分、少しでも信頼を勝ち取って直接雇用を掴むために日々業務を覚えようと努力していた。
はずなのだが、なんだか業務量が少ない気がする。いや、まったく新しい世界だから覚えることはそれなりにあるよ?それを加味しても、今まで働いていた世界と比べてやっている業務の量や難易度が低い気がする。

 ろくな研修や指導もなかったので、自分で過去のデータを見てExcelを処理したりしていたら、職場の人から「仕事早いね」「優秀だね」と褒められた。こっちからしたらみんなの事務処理能力が低いだけだよ、というのが本音である。俺みたいな人材一般企業ならいるぞ。

 これが人気の大学職員なのか?と日々思いながらも、そんな感じで教務課の業務をあっさりこなしっていき、10月から無事に直接雇用の契約職員となれた。



 業務は問題なかったのだが、一つ懸念があった。それは『学生対応』である。大学職員は事務作業が中心で、窓口対応なんてそんなにないと思っていた(少なくとも俺は卒業した大学では数えるくらいしか窓口を利用しなかった)。それがこの短大ではどうか。先ほど説明した履修相談に始まり、何かあれば自分で考える前に窓口に聞きに来る。それくらい自分で考えろよ、そう思っていたがどうやらここの学生はどこに何が書いてあるのか、またなんて書いてあるのかよく分からないらしい。だから俺は書いてあることをそのまま説明する。それなのに学生は理解できない。


(なんで話が通じないんだ・・・!)


 元々の俺のコミュ障に加えて学生の理解力が足りない。どうすりゃいいんだよ、気まずい時間が流れる。


 今まで出会った事のない種類の人間に、俺は戸惑う毎日だった。



続く

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