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魅せられた予知夢

  予知夢、というものをご存知だろうか?
これは、私こと狐が、そんな予知夢を起因とした実体験となる。

何もかも澄んで見えてしまいそうな程の秋晴れ。
色濃い紅葉が映える林道の景色の中、車は山道を走って行く。

手彫りらしき痕を残す、不気味なトンネルを抜けた時だった。
いつの間にか外には雨が降っていた。
しかも先程まで昼間だったのに空は真っ暗、夜だ。

車が曲がり角に差し掛かる、その瞬間、唸るような地鳴りが響いた。
激しく揺れる車体、舞い上がる土埃、前方が完全に塞がれる。
車内に響き渡る悲鳴と共に、石礫が激しい音を立てながら車に降り注ぐ。フロントガラスに微かに映る巨影、それが大きな岩だと気付いた時には、もう何もかもが手遅れだった。

「わあっ!」

悪夢のような映像に、狐は目を覚まし飛び起きた。

額に浮かぶ冷や汗を拭いながら、狐は辺りを確認する。
車の中だ。
ただし、ここは山道にあるパーキングエリア。

狐は今、とある山に友達数人とドライブに来ていた。
日帰り温泉でも行こうと言う事になり、I子とその彼氏D、そしてF子の四人で出掛けたのだが、温泉に浸かりすぎたせいか、のぼせてしまった狐は、皆がお土産売り場に行っている間、後部座席で一人休んでいたのだ。

酷い夢だった。
やけにリアルな夢。
それもそのはず、先程夢で見た景色は狐達がここに来る途中、車で通ってきた場所だったのだ。

温泉に向かう途中だった。
不気味なトンネルに差しかかり、そこを潜り抜け出口に出た瞬間、狐は酷い悪寒に襲われた。
キョロキョロと外を見渡すと、車窓から一瞬、着物を着た女の姿が目に映った様な気がした。
そんなまさかともう一度見るが、木々に挟まれ確認はできなかった。
こんな山で着物を着た女何ているはずがない、ましてや崖上に。
見間違いだと自分に強く言い聞かせ、その事は誰にも言わず、狐は日帰り旅行を楽しむ事にした。
したはずなのだがこの有様だ。
まさかその帰りに悪夢まで見ようとは……。

──ガチャ

「おっ!目覚めたか勇者よ、死んでしまうとは情けない」

ドアが開かれ、買い物袋をぶら下げたIが車内にいる狐を覗き込む。

「ご迷惑おかけしました神官様」

「へへ、まあ生きてるならいいや、お待たせ」

Iが助手席に乗り込むと、他の二人も車内に戻ってきた。

「大丈夫狐?膝枕してあげよっか?」

心配そうにするFだが少し鼻息が荒い。
それにFは男よりも女の子の方が好きだという噂も耳にしている。

「遠慮しとく」

狐はFの顔を押しのけるようにしながら丁重にそれを断った。

「さてと帰ろうか、日も傾いてきたし」

「レッツゴー!」

Dがシートベルトをしながらそう言うと、Iが片手を上げ威勢よく返事を返した。
皆それにクスリと笑い返し、クルマはパーキングエリアを出発した。

暫く進んだ時だ。

「ねぇねぇ、あそこもう一度通らない?」

Iがそう言うと運転中のDが首を捻る。

「ほら、変なトンネルがあったじゃない、あそこあそこ、何か雰囲気怖かったしさ、ちょっと写真とか撮りたいし」

「えっ?」

「ん?どうかした狐?」

Fが不思議そうに狐に尋ねた。

「う、ううん何でも……」

「狐はビビりだからねえ」

Iは後部座席に振り返ると、ニヤニヤと笑みを浮かべて見せた。

「うっさいなあ」

「大丈夫大丈夫、このI子様が守ってあげるって」

「私も守ってあげるよお狐ちゃん!」

「わあっFちゃん抱きつかないで!こら変なとこ揉むな!」

「おっ?何それ俺も混ざっていい?」

「あんたは黙って前見て運転しろ!」

Iが言いながらDの頭を小突いた。

「痛いなあ、分かった分かった危ないって」

そんな風に車内で四人が騒いでいる中、車は車線を変え、件のトンネルへと向かった。
三十分程経った頃だろうか。

「あ、雨だ」

Fがポツリと言った。

狐も窓に目を向けると、Fの言う通り暗闇にキラリと光ものがあちこちに見て取れた。
しかも結構な量だ。
たちまち外には大量の雨が降り出し、窓ガラスは滝を流しているように水が流れ落ちている。
ヘッドライトに照らされた大粒の雨、ワイパーが忙しなく左右に揺れ動く。

「うへえ、土砂降りだね~どうする行くのやめとく?」

I子が言うと。

「いや、もう着いちゃったよ」

Dが軽いため息をつきながら答えた。

夜道を照らすヘッドライトが、前方に見えるトンネルの入口を捉えていた。

「うわあやっぱ夜来ると雰囲気だいぶ変わるね、こっわ」

I子の言う通り、昼間とは違い、トンネルはその不気味さを増していた。

狐には目の前のそれが、暗闇の中化け物が大口を開けて待ち構えているように見えて何だか嫌だった。

車はスピードを落としトンネル内をゆっくりと進んでいく。
雨音が静まり、車のエンジ音が大きく反響している。

手彫りしたような外観、かなり古いトンネルのようで、あちこちに浮かんだ黒い染みが蠢く人の顔のようにも見えてくる。

「気持ち悪いねここ……」

「I子が行こうって言ったんでしょ」

「そうだけどさあ……」

気味悪がるIにFが口を尖らせ言うと、Iは肩を落としてしょんぼりとしてしまった。

そんな中狐だけは一人、不安そうに前方を見据えている。
車内で休んでいた時に見た悪夢、正にその光景が間近に迫っていたからだ。

ふと、狐は昔見たホラー映画の事を思い出した。

旅行前夜に交通事故の夢を見て、当日同じ様な事故に見舞われそうになり、主人公の少女がそれを回避しようと奮闘するものだった。

雨音が強くなり、それに合わせてワイパーの動きが早くなった。
車がトンネルを出て徐々にスピードを上げていく。

不意に、得体の知れない寒気が狐を襲った。
昼間、着物を着た女を見たかもしれない場所だ。
しかし狐は外に目を向ける事が出来なかった。
確かめる勇気すら湧いてこない。

どうしよう、そんな不安と焦りが波のように狐にどっと押し寄せる。
心臓がどくんどくんと大きく胸打ち、胃がキュッとして狐は気持ち悪く感じていた。

あの時映画の主人公はどうしただろう、そんな事を狐はふと頭に思い浮かべた。
運転中の彼氏のハンドルを妨害し、車を脱線させた。車はスピンし、車内では大騒ぎになるが、寸前で事故は回避された。

そんな事を想像し、思わず目の前の運転中のDへと、狐の手が無意識に伸びた。

「どうしたの狐?」

「え……?あっ……な、何でもない」

Fに言われハッとして、狐は手をあたふたと振って席に座り直した。

車は無情にもどんどん先へと進んでいく。
猶予はない。
しかしこれは現実、映画のようにはいかない。
狐は目を瞑り思考を巡らせた。
しかし考えれば考えるほど混乱してゆく。
時間が無い。
何かしないと、そう思い詰め、狐は衝動的に咄嗟に口を開いた。

「い、猪!?」

「うおまじかよっ!」

Dが慌ててハンドルを切り車は更にスピードを上げた。
唐突に叫んだデタラメな言葉だったが、あわよくば車が止まってくれるかもしれないと狐は思った。
しかしDは停めるどころか車を加速させた。
考えてみれば当たり前の事、その場を離れた方が危険を回避出来る。

狐は目をギュッと瞑った。
現実は映画とは違う。
そう事が上手く運べるはずもない。

拳を強く握りしめ覚悟を決めた瞬間。

──ドドンッ!!

背後で凄まじい轟音が響いた。

車が急停車し車内が大きく揺れる。

「何なに!?」

Iが慌てて振り返る、DもFも血相を変えながら振り返った。

「う、嘘……」

狐が零す様に呟き背後を向く。

大きく見開かれた狐の視界に、信じられない光景が広がっていた。
道路には巨大な岩が転がり、崖崩れの様な有様だった。
土埃が舞い、辺りの木々がべきべきと鈍い音を立てている。
土砂崩れだ。

「あ、あそこにいたら俺達一巻の終わりだったよな……」

愕然として言うDに、IとFが何度も頷く中、狐は一人、力無く肩を落として泣いていた。

やがてそれに気が付きFが抱き支えた後も、狐は大きな声を上げ、子供のようにいつまでも泣き続けた。

以上が、今回狐が体験した話だ。

予知夢だと思っていた。
だが今になって思ってみても、あれは違うと狐は感じている。
もしあの時運転を邪魔して車を停めていたら……そう考えるだけで震えが襲ってくる。

予知夢では無い……あれは、何かに魅せられた悪夢、今ではそう感じざるを得ない。

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