わが家の日常 春を感じる
先日、学校から帰った息子が言った。
「玄関の外の階段でダンゴムシが死んでた。もうそんな季節。…春だね〜。」
暖かい季節になると、よくそこでダンゴムシが死んでいたり、ひっくり返ったまま動けなくなっている。
うちの玄関外のタイルはダンゴムシにとっては滑るのだろう(人は滑らないが)。
ひっくり返ったら起き上がれないようだ。
ただ動けないだけなら、目地のところへ置いてあげると普通に歩き出す。
目地を歩いて登ってくるのかな。
それでちょっと外れると滑ってひっくり返る…。
で、黙って(甲殻類だから)そこでそのままで、
力尽きてしまったり、その前に救出されたり。
そうか、ダンゴムシ(死んでる…)で春を。
そしてその日から急に息子は鼻ズルズルに。
辛そうに鼻をかみながら、
「春だね〜。」
症状が出るのが今年は例年より遅いかな。
習い事があったり病院が休みだったりしたので
それから4日後にいつもの耳鼻科へ。
春を感じるきっかけが、死んだダンゴムシと花粉症…。
私も花粉症だが、その前にこれで春を感じた。
↓このとき芽を出していた水仙が咲いた。
かわいい、かわいい、ありがとう。
この水仙は、高校生の娘が幼稚園年少のときに買ったもの。
当時住んでいたマンションではベランダに鉢植えを置き、
戸建てに引っ越して地植えし、
その後今の家に引っ越すときに持ってきた。
当時、娘を幼稚園に迎えに行った後、2人でスーパーへ買い物に行った。
(息子はまだ生まれていない。)
花売り場の前を通りかかったときに娘が
「幼稚園にお花持って行きたい。」
だから買ってくれとねだったのがこの水仙。
お友達が花を持ってきていた、自分も持っていきたい、
ということだった。
うーん、そのお友達は家の庭に咲いていたお花を持ってきたんじゃない?
うちのマンションのベランダで今咲いているお花はないなぁ。
でも、買ってまで持っていくのってどう?
と思ったが、まだ小さいかわいい子どもに言われると、ねぇ。
キラキラした目で見つめながら
その願いでいっぱいになった心をぶつけてくる娘。
人に迷惑をかけるようなわがままでもなし、
願いは叶えてあげたほうが、心に暗い影を落とさずに済む…。
自分自身が子どもの頃の気持ちを思い出す。
数多くのやらせてもらえなかったことと、そのときの気持ち。
もちろん、ずっと引きずっていたなんてことはないが、
そのときの満たされなかった思いが蘇ることがあるのだ。
だから、子どもに「あのとき悲しかったな…。」という思いをさせるような原因をつくりたくない、と思っていた。
また、その当時読んだ育児関係の何かの記事で、
小さい頃に願いが叶う経験をすることで、
その後の人生で願いを叶えようと努力することができる、
願いが叶わない経験が重なると「どうせだめだ」と諦めてしまう、
みたいなことが書いてあったこともあり、
そう願うのなら、そうさせてあげよう、と思ったのだった。
小さかった娘がほしがって買った水仙。
それが増えてたくさん咲いている。
娘は覚えていないかもしれないが、
私は覚えている。
だから、この水仙が毎年咲いてくれるのが嬉しい。
もっともっと増えるといいな。