ライトノベル第四章九話【新しい四人の道】

 一週間が経過した。その間、三人と連絡を取ることはなかったが、唯一、相楽さんからは連絡をもらった。奏たち三人がスタジオの前でたむろっているが、なにかあったのか・・・という流れから、今日の予約どうするつもりだと時間が過ぎていることへの確認へと変わり、俺は諸事情でキャンセルでいいと返した。ただ、既にいる三人が使いたければ使わせてやってほしいと伝えたが、彼らが使うことはなかったらしい。
 三人があれからなにを思い、どんな行動をとったかは、相楽さんからのこの情報だけになる。だからだろう。一週間ぶりの連絡はありえないくらいの緊張で、何度も口から心臓が出そうになった。メールで連絡という手もあるじゃないかと言われればそれまでだが、大事なときほどメールで連絡という手段はとりたくなかった。
 集合場所は相楽さんのスタジオ。時間と曜日は毎週定期的に予約を入れていたため、みんなの都合が一致しやすく、その日時を指定した。三人の反応は様々で、電話口だと余計にその温度差を感じる。奏と律は「わかった。」とだけの短い返事で終わり、美琴は声が震えていて、「僕、絶対にその日、行きますから。」と言った。
 指定した日は今後の明暗を示してくれていると信じたいくらいの青い空が広がっていた。指定の時間より先に着いていた方が心の準備もしやすいと思って行動をしたが
「みんな、もう集まっているぞ。詩音。なにがあったかなんて野暮なことは聞かないが、相談ならいつでも受け付けているから、全力でぶつかってこい。」
 と受付のカウンターから相楽さんがいう。彼なりのエールらしい。
 もう来ているのか・・・。
 予定をこうもあっさり覆されるとは・・・心の準備というものが揺らぐ。
 それでも、待たせすぎるのは逆効果だろう、俺は意を決して扉をあけた。

 既に集まっている三人の視線が一斉に俺のことを見る。美琴は手持ちぶさただったのか、スティックを意味もなくクルクルと回していた手が止まり、奏はチューニングしていたのか手にしていたギターを置いて視線をあげる。律は片隅で筋トレをしていたのだろう、うっすらと額に汗が滲んでいた。奏のいる前で筋トレは御法度だが、それを奏が容認しているのは、それぞれが何かをしていないといられなかったからだと思う。
 いや、思いたい。
 俺が来るのを待ち遠しく思っていたと。そんな都合のいいことばかり、続くはずもないが。

 奏は視線をあげ俺を見てから、壁に掛かっている時計を見る。
「早いね。指定の時間の三十分前だ。」
 その言葉をそっくり返す。俺より早いって、いつから待ってるんだ?
 だが、それを言葉にはしなかった。馴れ合いのような感じで話を切り出したくないから。だから俺はできるだけへりくだった姿勢でいようと決めた。
「待たせて悪いな。」
「いや〜全然。時間まで三十分もあるからね。」
「あ、ああ・・・そうだな。」
 調子が狂う。奏はいつだって、そうやって俺の手を引こうとする姿勢でいる。このまま奏のテンポに乗って話してしまえば、今までと変わらない、一週間前のことがなかったかのように感じてしまう。そしてそのノリでさらりと言えてしまえるだろう。
 だが、それではダメだ。
「急に呼び集めて、悪かったな。」
「どちらかというと、連絡が来るのを待っていたからさ、急って感じでもないんだよね〜。」
 奏が言うと、律と美琴が頷く。
 ・・・っ、ダメだ。
 前置きをして話そうとすればするほど、ボロが出そうだ。
 いや、ボロというよりは三人の雰囲気に流され、なあなあになってしまう。俺はここでひと呼吸置いた。三人は俺が話すのを静かに待っている。

「答えを出すのに、一週間も待たせて、悪い。・・・俺は奏、律、美琴の三人とバンドがやりたい。」

 一語一句、言葉を噛みしめながら、俺は本心を飾ることなくさらけだした。三人に沈黙が走る。その沈黙が俺にはもの凄く長く感じる。三〜四分の曲を聴いたくらいの長さだ。
 だが、本当はものの数秒、いや一秒あるかないかと言ってもいい。沈黙のあとに聞こえたのは、ため息だ。奏が肩で息を吐く、それがため息のように感じた。
 しかし、奏の口から出たのはため息とは別の言葉だった。
「詩音、それを言うのに一週間も俺たちを待たせたのか?」
「は?」
 俺にとってはもの凄く大事なことだったんだが?俺が呆けていると、美琴が、
「真顔で入ってくるから、僕はてっきり・・・。」
 と言葉を途中で切り捨ててしまう。
 てっきり、なんだ?
 気になるだろう、最後まで言ってくれ!
 今度は背中に衝撃が走る。なんだと振り返ると、律が立っていた。彼が馬鹿力で俺の背中を叩いたのだと理解した。
「バカか、律! 加減しろ、加減!」
 思わず声を張り上げてしまう。
 しかし、律はお構いなしで常にマイペースだ。
「お、いい声だね〜。ヴォーカルの席が空いてるんだけど。そこでいいか? それと新加入扱いだからな〜うしし。」
「は?」
「だってそうだろう? オレらサポートメンバーの中に加わるんだ。奏、オレ、美琴。そして詩音だ!」
「はあ? なんでそうなるんだ? 律たちがDOOMSDAYに入るって思わないのか?」
「俺たちは三人は元々サポートチームみたいになってるんだ。そこに詩音が加わる方が自然だろー。」
 そうか、そういう考えもあるか。
「そうだな。そういう提案をしてくるってことは、律は俺のことを受け入れてくれるのか?」
「詩音。そういうの、あえて聞くか? この流れで。奏も美琴も、詩音の出した答えにつき合うってことで一致しているぞ。」
 奏と美琴を見れば、二人は頷いていた。美琴は「おかえり、詩音さん。」といい、奏は「ずいぶんと長い迷子だったな。」と回り道しすぎだと呆れていた。
「ありがとう、奏、律、美琴。待たせて悪かった。」
「ああ、もう。そんなに謝らないでください、詩音さん。」
 と美琴。すると美琴の言葉に奏が便乗してくる。
「そうそう〜。詩音はそういうキャラじゃないからね。人なんて信じられない。人を寄せ付けないクールな感じは貫いてほしいね。バンドはやっぱり、メンバーの担当キャラって大事だから〜。」
「奏。それじゃ俺はまるで、擦れまくった人間みたいじゃないか。」
「その通りだろう? 俺と出会った頃の詩音は、まさにそんな感じ〜。」
 奏の話に美琴が笑い、律が笑う。場が明るくなっていく。それは、俺が思い描いていた理想のバンドの姿といってもいい。音楽も申し分なく、技術的にも、そしてそこにメンバーの信頼が加われば、最強のようだ。
「おかえり、詩音。」
 奏が改めて手を差し伸べて言う。俺はその言葉をしっかり噛みしめて応えた。そして、今後の話をしようとすると
「詩音が帰ってきたことで、やっぱバンド名を考えないとな〜。DOOMSDAYに加入っていうより、気持ちを新たに出発したいよな!」
 と律が先走ったように提案する。
「そのことなんだが。」
 と俺がいったん流れを遮る。
「なんだよ、詩音!このままDOOMSDAYで行くのか?」
 律が拗ねる。
「いや。ひとつ提案がある。」
「提案?」
 律が不思議そうに聞く。
「ああ、俺たちに相応しいバンド名を考えてきた。」
 俺がそう言うと、奏が興味津々だ。
「おっ、俺たちに相応しいバンド名か〜。」
「ああ。だがその前に、理由を先に聞いてほしい。」
 俺は三人の顔を見渡した。
「バンドを経験している人ならわかると思うが、バンドを始めても上手くいかず、分裂、そして解散という道を何度も繰り返したと思う。俺はその度に、自分の居場所はここではなかった。もう俺の居場所になるバンドはないのかもしれない、そんな感情の繰り返しだった。今度こそ、今度こそと思っても裏切られる。けど、奏や律、美琴と出会ってからは違った。今回もおまえらは俺のことを待っていてくれ、そしてお帰りといってくれた。俺にとっての唯一の居場所が、四人でこれから作っていくバンドなんだと思う。そして、その居場所はいつでも帰って来られる場所でありたい。そういう思いと意味を込めて、考えた。」
 俺は一拍置いてから
「Reunionってバンド名はどうだろう?」
 と提案をした。

 しばしの沈黙。そしてその沈黙を破るように口火を切ったのが、奏だった。
「Reunion。再会、再結集って意味だな。広い意味で帰ってこられる居場所。いいんじゃないか?」
 続いて律が
「帰って来られる場所か。いいな。オレにとってもそういう場所であってほしい。Reunion! オレは賛成だ!」
 といって、美琴を見る。
「僕は詩音さんに居場所を作ってもらったようなものです。だから、詩音さんがいる場所が、僕の居場所であり帰れる場所です。詩音さんが、ここは居場所で帰れる場所だというなら、僕にとっても同じです。Reunion、とてもいいと思います。」
「・・・そうか。ありがとう。」
「じゃあ、Reunion最初のライブを決行しなきゃだな、詩音!」
と気合が入る律。
「気が早いな、おまえは〜。DOOMSDAYでやった曲はそのまま使い回せないから、アレンジしつつ、Reunionとしての曲を作らないとな〜。」
と奏が呆れる。二人とも当たり前でもっともなことを言っている。
「そんなこと、言われなくたってわかってるよ!詩音のことだ、曲の一つや二つ、もう用意してあるんだろう?」
 律が俺に振ってくる。すると奏が
「本当か、詩音。おまえ、凄いな。」
 と高ぶりを押さえない。
「ああ・・・用意したというよりか、俺の思い出になっていた曲を掘り出してきた。これをみんなでアレンジしようと思う。」
「マジか! 腕が鳴るぜ、詩音!」
 と律。
「それじゃあ、それを元にReunionの第一弾の曲を作ろう。他の既存曲もアレンジして、ライブもやるってことで。」
 と奏がまとめる。
「おい、奏。曲がまだできていないのに、ライブって。」
「ライブがあれば、詩音も一緒に必死になって作曲やアレンジに励むだろ?」
「・・・おまえら、俺をなんだと思ってるんだ?」
「なにって、大切な仲間、だろ?」
 三人の声が被った。
「わかった、やるしかないな。場所はどこにする?」
「そりゃ、あの店長のいるHEAVENに決まってるだろ!一皮むけた詩音を見てもらおうじゃないの!」
 と律。
「僕もそれは賛成です。絶対に、詩音さんは凄い、Reunionは凄いバンドだって、認めさせましょう!」
 と美琴。
 こうして俺、奏、律、美琴の四人のバンド、Reunionが生まれた。

 本当の始まりは、ライブを成功させてからだと、誰もが知っている。

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