ライトノベル第四章五話【三人の帰路】

 三人だけで帰るのは初めてのことかもしれない。今の四人になってからは、なにかと四人で行動することが増えていた。その状態が当たり前だと思っていた美琴は何度も後ろを振り返っては「詩音さん、大丈夫でしょうか?」と気にかけていた。
 俺、ギターの奏としては、詩音と一番長い付き合いだからこそ、心を鬼にしなくてはいけない時期だと心に決めた。
「こればかりはな・・・。」
 律は続けて
「バンドやろうぜって集まったわけじゃないからな。いつかは詩音自身が向き合わなくてはいけないことだ。」
 と厳しくいう。美琴は「そんな・・・。」と呟き、だがそんなの後に続く「冷たい」という言葉は飲み込んでいた。美琴も受け入れたくはないが、漠然と感じていたことなのだと思う。
「・・・にしても。」
 と律。
「なんだ?」
「詩音がソロバンドをはじめようとした理由って、奏は知っているのか?」
「はっきりと聞いたことはないが。だが、まあ誰にでも経験のひとつやふたつはあることが理由だと思う。それをどう乗り越えるか、受け止めるかは人によって違う。律はサポートメンバーって選択をしただろう?」
「サポートに拘ったつもりはないな。詩音がいたから、詩音となら新しい居場所を得られると思ったからなんだが・・・。」
「詩音にはそう思える居場所を見つける、それ事態を諦めたんだ、多分。」
「わからなくもないが・・・。」
「だろ?」
「逃げ場所でしかないなら、やはり今はとことん自分と向き合う、そんな時なんだろうな。」
「そうだな。だが、助けを求められたら、俺はサポートする。いろんな意味で詩音をサポートしていきたいんだよ、俺は。」
「俺は・・・じゃなくて、オレたちだろうが!」
 すると今まで黙っていた美琴も
「そうですよ!奏さん! 僕たちが詩音さんのサポートをするんです。音楽以外でも・・・でも、僕が頼りになるかは別の話ですが・・・。」
 と意気込む。
「安心しろ、詩音は美琴のことを頼りにしている。ドラムの腕といい、気配りといい。頼れる事柄に大小はない。」
 俺は美琴を励ました。美琴にとっては俺が励ますよりも、近くに詩音がいるだけで十分すぎるほどの励みなんだろう。今は彼にとっても踏ん張り時か。
 いや、そうはさせない。
 詩音がどういう決断を下すにしても、彼が築き育て上げた美琴は守らなければ。
「詩音はどれくらいで決断すると思う、奏。」
 珍しく律が俺に求めてきた。
「わかったら苦労はないな〜。早いか遅いかなんて、判断できるわけないだろう。」
「ああ? しっかり考えろ。いいのか、そんないい加減な答えで。」
「じゃあ、律はわかるのか?」
「わからないから聞いてるんだよ!」
「だからって、俺がわかるわけないだろう〜。」
「おまえが一番付き合い長いじゃねーか。」
「付き合いの長さがそのまま知り尽くしているってものでもないだろう? 律だって経験があるだろうに。」
「・・・っ、まあ、そうだけどさ。なんていうか、存在がデカいんだよな、詩音てさ。あまり自己主張がないんだが。いや、そうでもないか。音楽に関しては妥協を許さない凄まじさはあったな。」
「ああ・・・。」
「で、どうするよ、その間のオレたちは。」
「詩音抜きで練習するかどうかってことか? 楽器に触れるってことに関して言えば、自宅でも一人でもできるが、美琴のドラムに関してはスタジオでないと無理だな。」
「オレは詩音抜きでやってもいいぜ!」
 せっかく詩音の目指す音楽に近づけるだけの技量を持てているのだから、期間はあまり空けたくはない。サポートメンバーだけでの練習も悪くはないかもしれないな。なにより、これだけ頻繁に顔を合わせていた俺たちが、プッツリと会わなくなった方が、別の意味でストレスになりそうだ。
「わかった。都合が会うなら、相楽さんのスタジオで集合しよう。」
 律が頷く。美琴も頷くが、小さく小首を傾げた。
「なにか気になることでもあるのか、美琴。」
「相楽さんのスタジオだと、詩音さんにバッタリ遭遇なんてことに、なりませんか?」
「そうだな。ないとは言い切れないが、確率はほぼゼロじゃないか? 詩音の性格を考えると、誰かに相談するというのはないと思う。内容にもよるが、今回のことに限って言えば、相談できる人物は限られているから、俺たちにできないことをほかの誰かにするとは思えない。律はどう思う?」
「オレも奏の見解に賛成だ。仮に会いそうになったとしても、それはそれでいいじゃないか。とオレは思う。」
 そうなってみないと、実際どういう態度を取るかわからない。俺たちも、そして詩音も。ただ言えることは、俺たちから詩音との距離を置くことはない。詩音が俺たちを必要だと思っている限り、俺たちは求められるだけのことをしよう。
「美琴、それでいいな?」
 俺は美琴を見た。
「はい。わかりました。」
 口ではそう言っているが、気持ち的には納得しきれないところもあるのだろう。ふっきれたという顔ではない。
「まだなにかあるのか?」
「・・・詩音さん、大丈夫ですよね? 戻ってきますよね?」
「ああ。正直、そうでないと困るな。俺は詩音が見ている未来というものを見てみたいんだ。」
 それが天国であろうと、地獄であろうと。なにかあった時、サポートできる立場でありたい。その思いは、律も美琴も同じで、詩音とともにありたい気持ちで一致した。
「じゃあ、来週。いつもの曜日、いつもの時間で、いつものスタジオで会おう。」
 俺は誰よりも先に一歩を踏み出し、帰る道を歩いた。美琴は最寄り駅へと歩き、律はネオンが街を明るく照らしている中へと消えていく。各々のやり方で、気持ちの整理をつけるのだろう。俺はイヤホンを耳に入れ、スマホの中にある曲をひとつ選曲して聞く。はじめて詩音を見たときに歌っていた曲がネット動画で残っていたのをたまたま知った。それを落としていた。音の鮮明度は最悪だが、それでも詩音の歌声ははっきりと聞こえていた。

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