ライトノベル第二章八話【ライブ後の和んだ雰囲気の中で】

「ヒヤっとしたぞ。」
 打ち上げの開口一番に奏が律に向けて言う。
「ああ? なにが? オレはヘマしてないぞ? 勝手したのはそっちだろうが!」
 勝手にアレンジしたことを根に持っているらしい。
 奏は軽く息を吐く。
「まだ言うか・・・俺が指摘してるのは、ラスト前、おまえ、ボーっとしてただろう?」
「ああ、それ。俺も思った。」
 奏の指摘に同調した。
 これはチャンスとさらに踏み込んでみる。
「気になることでもあったか?」
 だいたいの予測はついている、あれは律の前のバンドメンバーに違いない。ただ俺は、かつての仲間を目の前にして演奏する心境、律にとっては酷だったのではないか。成功したと浮かれ、ここで打ち上げ気分で盛り上がっていいのだろうか。律を気遣うより、自分の気持ちを軽くしたかったのかもしれない。
「あ? ああ・・・まあなんていうか、来てたんだ、あいつら。」
「あいつら?」
 と奏が聞き返す。
「・・・前のバンドのメンバーがさ。」
「前のって! 掛け持ちだったのか?」
 とまた奏が聞き返す。
「いや、一応、抜けるってことは伝えてあった。」
 それから律はポツリポツリと語り始める。
「DOOMSDAYのサポートメンバーでライブをやるとだけ伝えた。実際、来るとは思ってなかったから驚いたさ。実はオレさ、前のバンドのメンバーに対し、裏切られたって気持ちもあったんだけどさ、それでも決別しきれない思いもあった。未練っていうのかな。本当に苦楽を共にした大事な仲間だったから。こいつらと音楽やっていくんだって信じて、信じ切っていた分、真実を知ったときは本当に悔しくて情けなくて、怒りしかなかった。けど、DOOMSDAYのライブは楽しいし、今までの鬱憤もぶっちゃけ発散できたし。」
「はあ? 鬱憤発散って・・・だから、俺に突っかかってくるのか、おまえは・・・。」
 奏は本番中に想定外のいちゃもんをつけられたことをぶり返す。
「それはオレも予定にはなかったんだよ!こっちが気持ちよく高揚感に浸って間奏のパフォーマンスキメてる時に、おまえがしゃしゃりでてくるから!オレの見せ場を!」
 といいながら、律は腕をまくり自慢の筋肉のコブを見せつけてくる。さらに見せ場を奪われた恨みは尽きないらしく、
「だいたい奏は男らしくねーんだよ!チクチクとセコいアレンジを入れてきやがって!」
「だったら律もご自慢のテクを見せつければいいだろう〜? それをすることに、男らしさとか関係ないでしょーが。」
「おまえ、そんなことをしたら、せっかくの詩音の曲が台無しだろうが!」
「詩音のマイクをぶん取って喧嘩ふっかけてくるヤツが言うことか? 本番中だぞ? 観客の目の前で・・・DOOMSDAYはコミックバンドかって思われたらどうするんだ? 俺たちはハードなロックをやるイケてるヴィジュアル系バンドを目指してるのに。」
 ああ・・・こうなるともう手が付けられなくなる。話題はどんどん逸れていき、
「知ってるか〜、詩音。」
 と奏が俺を巻き込むかのように声をかけてくる。
「なにが?」
 と返してしまう俺も俺だ。
「リハの休憩中、律は筋トレはじめるんだぜ〜。まったく、暑苦しいったらない。スタジオは筋トレするところじゃない。それとも、脳みそまで筋肉化して、スタジオの用途すらわからなくなったのか〜? 筋肉バカ。」
 律が体を鍛えていることは知っていたが、休憩中の筋トレは初耳だ。
「へえ・・・。」
 とまた反応してしまった俺。
「言わせてもらうがな、詩音!」
 と今度は律が俺を取り込もうとする。
「奏はひょろっとして軟派でイマイチ信用に欠ける。男ならやっぱ筋肉は大事だよな? 詩音もそう思うだろ!」
 正直、体型がどうとか、筋肉の有無とかどうでもいい。俺は俺と同じ高みを見て音楽をやってくれるなら、マッチョだろうがなかろうが、問題にする理由にはならない。
「俺はどうでもいい。」
「・・・冷たいな、詩音は。」
「詩音は元からそんな感じだったぜ〜。」
 と今度は二人が意気投合していく。
 なんなんだ、人をネタに盛り上がるな。
 けど、俺はこんな関係に和みはじめていた。思い描いていた理想のバンドの姿を見ているようで。俺は黙って二人のやりとりを見ていると、二人の視線が俺のことを見ていた。
「・・・なんだよ。」
「ありがとな、詩音。」
 律がらしくないことを言う。続いて奏も律と同じことを言う。
「なんだよ・・・二人して。」
「俺をDOOMSDAYに入れてくれてってこと。こんなに充実した日々を過ごせるとは思わなかったし、ライブは想像以上のものだった。最高だ〜ってこと。詩音のバックでギターを弾くことができて最高だ。」
「オレもさ、誘ってくれてサンキューな。一度は断ったのに、受け入れてくれて感謝してるっつーか。たぶん、あいつらも本物のバンドとはなにか、生ライブの醍醐味ってのはなんなのかを知ったと思う。実は未練がなかったといったら嘘でさ、どこかでもう一度あいつらとバンドできるんじゃないかって思っていたこともあった。けど、今はない。情だけじゃやっていけないってことがわかったからな。見ている未来が違うんじゃ、一緒にいてもつらいだけだろ、オレもあいつらも。」
「それについて俺はなにも言えないな。」
「ああ、それでいい。詩音を巻き込むつもりはないし、たぶん、もう関わることもないと思う、あいつらとは。で、相談なんだが。」
「ん?」
「次またサポートメンバー募集する時は、いの一番にオレに声、かけてくれ、頼む!」
 テーブルに額を擦り付ける。そんな姿の律を見ながら、なんとなくDOOMSDAYの未来が少し見えたような気がした。

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