ライトノベル第二章七話【理想の音楽の実現・・・と思いきや】

 ライブ当日。DOOMSDAYがはじめてのライブをした箱よりも集客数が多い箱で、5組のバンドと対バンライブが始まった。5組の中で一番の新顔が俺たち、DOOMSDAY。トリを飾るのが5組のバンドの中では中堅クラスで固定ファンも多いバンドだが、俺たちDOOMSDAYの音楽性よりややポップ調なバンドなため、このバンドのファンを取り込むのは難しいだろうというのが律の意見。それは俺も奏も同じ意見だった。一番の新顔である俺たちがトップかと思ったが、実際は俺たちは三番目。
 目当てのバンドをいい場所で見たいファンはひとつ前のバンドから見ることも少なくなく、四番目のバンドが最近勢いがあるバンドだという情報があり、なかなかいい順番だと思うというのが奏の見解。
「どちらにしても、俺たちの音で足を止めるだけだ。」
 俺は意気込みのようなものを口にする。
「今日の対バンの中じゃ、オレたちは少し異色な傾向だからな。ハマればインパクトはあるぞ。」
 律が軽く俺の肩を叩きながら言う。
 必ずしも同じ系統だから音楽性も同じというわけではない。ポップ調にアレンジすることもあれば、重低音にアレンジすることもある。ポップ調にした方がファンを取り込みやすいという利点はあるが、どこかで聞いたような曲調にもなりやすい。個性を出すなら、ほかと同じことをやっても意味はない。
「一発目から飛ばしていこうぜ!」
 奏が煽る。前のバンドが最後の曲を演奏し始めると、ステージの袖で待機。そこそこの盛り上がりを見せつけてくれて終了すると、慌ただしく前のバンドの撤収と俺たちのセッティングが開始された。

「いよいよだな、詩音。」
 奏と律の声が同時に重なる。
「ああ、いよいよだ。」
 少しずつ俺の描く音楽が、バンドの形態が現実化していく。俺の選択は間違っていなかったことをしっかりと証明していきたい。
 セッティングが終わり、全員ステージ袖に戻ると、オープニングSEが流れ始め、ドラム、ベースと順にステージへと向かい、続いてギターが配置につく。そしてオープニングSEが一番盛り上がりを見せた時、照明がより一層激しく動いた。そこから俺が登場し、SEが流れ終わると、ドラム、ベース、ギターが一斉に音を出し、激しく鳴らし始めた。ライトが音に合わせて点滅し、ドラムのカウントからイントロが始まる。そしてイントロが終わると、俺はライブの成功を左右する第一声を発した。
 音が箱中に共鳴し、揺らす。
 最初はまばらだった客の視線がステージに向けられているのがわかる。ドリンクバーでくつろいでいた客の視線もこちらに向き、一人、また一人とステージ近くに戻り、そして音に合わせてリズムに乗る。
 いい感じだ。
 これこそバンド、ライブ感がたまらない。
 気分が高ぶり、声の伸びもいい。
 奏のギターも練習の時よりノッているように感じるし、律のベースは弾けている。
 調子がいい。
 もっと腹の奥、いや、足先から声を出せそうだ。
 するとドラムもいい感じにテンションを合わせてくれる。場の雰囲気を感じ取って合わせられるタイプだ。
 悪くない、いや、これはイケる。
 俺は確信をした。
 一曲目、ドカンとインパクトのある曲を持ってきた甲斐はあった。俺は客を煽り、二曲目に入る。テンションを下げることなく、聞かせながら音に乗せる、そんなアレンジにしてくれた奏の感覚は的確だ。最前は確実に埋まり、その後ろも数列できている。ロビーにいた客が入って近くによってくる。
 間奏に入るとギターの奏とベースの律が前に、俺はドラムの横で軽くパフォーマンス的なことをして喉を整えた。奏は客を惹きつけるものを持っているし、律は客を煽り乗せることに長けている。間奏の間に客からは歓声が上がるようになっていた。もともと別のバンドでライブをやっていた奏と律は知られているのだろう。「奏〜!」「律〜!」と名前を呼びながらの歓声も聞こえていた。
 二曲目も無事に終えると、俺はマイクから少し顔を背け息を吐く。高ぶった気持ちを少し鎮め、ドラムに視線で合図を送った。ドラムがカウントをとる。続いてベースがリズムを刻むのだが・・・。
 いきなり影が近づいたと思った瞬間、律の顔が真横にあった。
「借りるぞ、詩音。」
 とマイクにその声が入り、箱中に響く。
 「は?」と思ったのも束の間、マイクは律の手の中に収まり、彼はこともあろうか俺を飛び越え「奏!」と名指し。
「律?」
 なにがどうなってるんだ?
 別にここで流れを止めるほどのミスはないぞ?
 俺は状況が掴めず唖然と立ち尽くす。ドラムも把握しきれず、カウント途中のまま固まっていた。客はなにかのパフォーマンスと思っているらしく、律の言動に興味津々という眼差しだ。
「奏、勝手に小粋なテク入れるな! あそこはオレの見せ場だぞ!」
 間奏の時、それぞれで見せ場を入れようという提案を採用、そのあたりはふたりで話し合ってくれとなっていた。リハで一度それを見ている俺は、本番でもそれとほぼ変わりのないことをするのだろうと思っていた。たしかに奏はアレンジを加えてはいたが、大きく強調するものでもないし、テクニック的なものもあるため、素人ではなかなか聞き分けにくい。もっといえば、作曲したのが俺で、奏とともにアレンジを加えたので、それとは別のアレンジを即興で加えられたのだとわかる。聞き流しても問題ない程度のことだ。
「オレがアレンジを提案したら、難易度をあげるなって却下しただろうが!」
「律〜、それを今ここで口論することか〜? 悔しかったら、おまえもやればいいじゃん?」
「なんだと! バンドってのは一体感が大事なんだよ!勝手したけりゃひとりでやれ、ひとりで!」
 マズい・・・と思ったが、客にはウケている。だからといって、このまま収束させないというのもな・・・。
「俺はさ〜詩音のためを思ってしたんだよ。俺が目立ちたいだけでするわけないだろう〜? なあ、詩音〜。」
 ・・・俺を巻き込むな。
 だが、奏のこのセリフがまた客ウケする。
「詩音のためといえば、なんでもアリなんだな! そうなのか、詩音!」
 ・・・だから、俺を引き合いに出すな。俺は無言で律からマイクをぶん取って戻す。チラリとドラムを見て、視線で合図を送る。
 はじめてくれ・・・という合図だとわかったようで、気を取り直しカウントが始まった。奏はしれ〜っとして足でリズムを取っている。律は不満が残る顔をしながらも、ベース音でリズムを取り始めてくれた。
 キュイィィィ〜ンとギター音が響きわたる。それぞれの音が重なってひとつの曲を奏でていく過程がいい。俺は全身でリズムをとり、体の奥底から発するように声を出す。しびれる感じがいい。その瞬間瞬間に酔いしれながら三曲、四曲と歌い、ラストの曲を迎える。
 メンバーと呼吸を合わせようと、俺は一人一人と視線を合わせた。
 が、律の視線は客に向けられている。その先に見知った人でもいるのだろうか。
 だが、それなら愛想のひとつでも見せるだろうが、律はやや険しい表情を崩さずに一点だけを見ている。俺もそこへと視線を向けると、数人の男性がいた。彼らもまっすぐに律を見ている。
 ああ、そうか・・・前のバンドのメンバーか。
 抜けたとは聞いていないし、和解をしたとも聞いていない。律がその後を語りたくなければそれでもいい、いつか気持ちの整理がついたら打ち明けてくれるだろう。ただ今は、このライブが成功することだけに集中してくれればいい。律なら、音が鳴れば必ずベースを弾くだろう。だから俺は律を信じ、あえて声をかけることなく、ドラムと奏に開始の合図を送った。
DOOMSDAYの二度目ライブは多少のハプニングはあったものの、大成功といっていいだろう。ハプニングもパフォーマンスとして客に見られたのは、奏の機転の良さがあったからかもしれない。律も狙ってやったのなら、それはそれで天才的というか・・・。まあ、その可能性は限りなくないだろうが・・・。

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