ライトノベル第四章十話【Reunion結成】

 俺のソロバンドDOOMSDAYとサポートメンバー三人という構成から、俺たち四人のバンドReunionが結成されてから一週間が経過した。各々この一週間、曲作りに専念した。編曲はみんなで相談しながら作り上げていくことで、音楽の一体感の幅がでると思ったからだ。ひと足先に、いつものスタジオに着くと、相楽さんに声をかけられる。
「詩音、最近、いい顔になったな。」
「・・・なに、急に。」
「いやさ。バンド組み始めの頃って、みんなそんな顔するんだけどさ。詩音の場合は結成をしてもなんだか盛り上がりがいまいちって頃があったの、自覚ないだろ。」
「・・・どうだったかな。」
 と返したが、それは俺も感じていた。何度も結成と解散を繰り返すと、今度こそと思う反面、なにか意見交換みたいなことがはじまると、このバンドも長くは持たないかも・・・なんて思ってしまう。
「詩音の場合、表情が乏しいから余計にな。とはいえ、そんなおまえも、今じゃかなり喜怒哀楽がはっきりでるようになってる。いいメンバーに出会えたな。」
「ああ。」
「今までのことは、彼らに出会うための布石だったと思うのも、ひとつの考え方だ。遠回りしたのではなく、必要な過程だったってな。」
「相楽さんも、そうだったのか?」
「俺か? そうだな。俺の場合はなんていうか、バンドやってるとモテるんじゃないかってことからはじめてさ。けど、気づいたら音楽そのものが楽しくて仕方がなかった。夢中で突っ走った二十代ってところかな。で、三十代になってふと気づいてしまうんだよ。同世代は地に足着けてせっせと働き、家庭もって必死に生きている。夢ばかりで腹が満たされるのかって。三十半ばになっていよいよ決断の時じゃないかって。タイミングっていうのもあるからな。詩音はそれを見誤らなかったから今がある。振り返らず前だけ見て突き進めよ。」
 らしくなかったな・・・、柄にもなく熱く語っちまったぜ! と照れ笑いをする相楽さんは、バチンと派手に俺の背中を叩いた。勢い余って数歩前に飛び出ると、何かに頭があたる。
「なにやってんだ、詩音!相楽さんとじゃれている暇があったら、作った楽譜をさっさと見せに来いよ!」
 知った声がして顔をあげると、仁王のような顔で立っている律がいた。
「詩音がビリな。」
「・・・?」
「もうみんな集まってる。待ちわびてるんだよ、さっさと来いよ。」
 腕を掴まれ引っ張られた。振り返ると相楽さんは楽しそうに笑っている。まるで彼自身がその当事者のように。夢見たことが叶わなくても、それを次の世代に託し、見守り、助力するのが楽しいんだ・・・と言っていた相楽さんの言葉が脳裏に浮かぶ。音楽に携わることはなにも、バンドをやるだけじゃない。形は様々で、多方面に広がっていく。
 俺は一人じゃない。
 バンドの仲間以外にも、手を差し伸べてくれている人は近くにいたんだと今更だけど感じることができた。

 律が扉を荒々しく開けると、その音で奏と美琴が気づく。
「うわっ、本当に詩音さんを連れてきたんですね!」
 となぜか律の行動に驚きと感激を表す美琴。どういうことだ?と視線で奏に聞くと
「詩音が来たような気がするから、迎えに行ってくる。なんて行って出て行ったら、本当に詩音を連れて戻るから、美琴は驚いてるんだ。まあ、俺もだが。」
 扉を開けていれば受付での話し声も聞こえないこともないとは思うが。
「それだけオレは待ちわびていたってことだろう。奏や美琴とは思い入れが違うんだよ!」
 勝ち誇ったような態度をする律だが、奏は「はいはい」といってスルーし、美琴はいけないものでも見たような視線を逸らした。
「なんだなんだ、ノリが悪いな。」
「そうでもない。」
 と俺は律に言う。
「かしこまって待たれるのもさ、なんか調子狂うっていうか。」
「そうか? で、どんな感じだ?」
「掘り出した曲以外にもいくつかデモを作ってきた。」
「いいね。」
「どんな曲ですか?」
 奏は黙って近づき、俺から楽譜を受け取った。
「それぞれ、曲調が違うね。多種多様な曲調をやるバンドにしたいの?」
「いろんな人の居場所になってほしいから、個々に向けて送るメッセージのように曲を作っていきたいと思っている。」
「なるほど。今の時代の流行に流されてないところがいいんだから、その路線は崩さない方がいいだろうね。これはかなりポップな感じだけど?」
「ポップな感じでも、おまえらなら違う雰囲気のアレンジできるだろ?」
「なるほど〜アレンジ次第ってか。面白い。」
「オレはステージで楽しめれば。だから、かっこいいのがいいな」
「それはあまりにも抽象的すぎだろ、律。美琴は?」
「僕は・・・あ、これがいいかな。」
 美琴は楽譜を見ながら指す。
「いいセンスしてるね、美琴は。」
「俺もこれがいいかな。」
 と奏は美琴と同じ楽譜を選んだ。奏はギターを手に取り、譜面通りに弾く。主旋律だけだが、こうして演奏してくれた状態で聞くとまた違ってくる。悪くはないし、なにより気に入ってくれたことが嬉しい。律は奏の演奏に耳を傾けていたが、ベースを手に取り、即興でリズムを刻む。
「いいな。これで決まりだな。」
 と律も賛成する。それから編曲したり、直したり、歌詞の変更などもしながら、曲を作り上げていく。

 その数日後の練習前。奏が
「HEAVENのイベント、取れたよ。対バンの趣向が俺たちとは少し違うが、店長が見てみたいってさ。」
 予定していたバンドからのキャンセルがあり、系統が少し違ってもいいなら、という条件付きらしい。
 律は
「オレは別に構わないぜ!」
 と、すでに気持ちがライブ決行に動いている。
「僕はお任せします。でも、系統が違うと、ファン獲得は難しいですね。」
 美琴はローディーをしていたため、そういったことが気がかりになるらしい。系統が違うバンドのライブの盛り上がりとかを間近で見知っているからだろう。
「俺は・・・。」
 俺はそこまで言い掛けて、言葉を切る。おそらく、俺の言葉ひとつでバンドの行方が変わる。安易に答えを出すべきではないが、いったん持ち帰って考えさせてくれという時間はない。
 そんな俺を察したのか、奏が軽く手をあげた。俺の決断の前に何か言いたいことがあるらしい。
「なに、奏。」
「俺は基本、今でも詩音がしたいようにすればいいというスタンスは変わらない。だけど、もし、決めかねているなら、少しは話し合う時間くらい、融通すると思うぜ。俺はもちろんだが、律も美琴も。な?」
 最後は律と美琴を見て同意を求めた。
 いや、同意を求めずとも、今の彼らなら同じ気持ちを共有できるだろう。
 俺が「話し合いたい」といえば、真剣になって答えを一緒に探してくれる。
 けれど、それでも最後の決断は俺に託すだろう。
 みんなの気持ちはわかっている。奏と美琴は俺の決断にノーとは言わない。律は自己主張はしっかりするが、最終的には俺の決断に頷く。
 ならば、もう答えは出ているじゃないか、俺!
「やろう、そのライブ。今は勢いに乗って、いい感じになっている。」
 俺の決断を受け、律は軽くガッツポーズをした。
「そうと決まれば、対策を練った方がいいな。」
 と冷静に考える奏。
「対策?」
「系統が違うといっても、まったく違うわけでもないはず。演奏の順番を変えてもらう交渉して、流れを俺たちに向けるようにする。」
「それだと、トリは厳しいな。」
「真ん中っていうのはどうだ?」
「真ん中?」
「はじめて知るバンドを目的もなく見てみようなんて思う物好きは少ない。だから一番手は不利だ。トリは知名度がない分、箱側としても遠慮願いたいと思うだろう。だったら、知名度のあるバンドの前か、人が集まりはじめる二番目くらいか。」
「要は一番目じゃなければいいってことだな。」
「できればトリのひとつ前だ。」
「その交渉を奏に頼んでもいいか?」
「ああ、任せておけ。」
 思っていたよりも早く、Reunionのお披露目ライブが決行することになった。不思議と気負いのような感覚はない。ただただ純粋に、その瞬間が待ち遠しい。恋い焦がれるような気持ちにも類似したこの感覚は、きっと奏、律、美琴にもあるのだと思いたい。いつになく練習に熱が入り、時間を忘れるくらい話し合って、曲作りに試行錯誤して、それらすべてが新鮮だった。

「詩音、最近、声の伸びがいいな。」
 発声練習をしていると、奏が言う。
「なんだよ、いきなり。いままで、そんな話をしたことはないだろう?」
「そうなんだが、今はそれを言うタイミングなんじゃないかと思ってさ。」
「・・・? 気持ち悪いな、改まって、なんだよ。」
「そこは素直に、ありがとう、とかじゃないの〜詩音。」
「そういうものか?」
「誉められたら、ありがとうだよ。というか、解放された感じなのかな、今の詩音は。」
「は?」
「考え過ぎちゃって理屈ばっかな感じから脱した、解き放たれたって感じ〜。」
 奏がなにを言おうとしているのか、ここまで聞いてやっとわかった。考えすぎというよりは背負いすぎ。理想を追い求めることを優先した俺は、なにがなんでも俺の選択は間違っていないことを証明する必要があった。
 けど、その必要はない。というか、今度こそ共に歩んでいける仲間ができたのだ。
 耳を傾け話し合おうと言ってくれる仲間が・・・。
 俺ひとりで背負う必要はない。そう思えると、自然と声に伸びが出ていた。奏に言われる前に、それを感じていた俺だが、あえて言ってくれたおかげで、それが自信に繋がっていく。
「悪かったな、考えすぎの理屈野郎で。」
「いやいや、そこまでは言ってないだろう〜。けど、今のが本当の詩音なんだろう? 俺はさ、詩音の声に、音楽性に惚れてるわけ。一番いい状態の歌声を同じステージ上で聞けるなんて、最高だよ。そういう意味でも、ライブ、楽しみなんだよ、俺は。だから成功させような。」
「ああ、当然だ。」
 ダメ出しをした店長の前で演奏することへの気負いを心配させてしまっているのか?勘ぐったらきりがないが、奏は意味のない助言や励ましはしない。純粋に誉め言葉なんだろう。くすぐったいような嬉しさがこみ上げてきた。
「ところで・・・。」
 と奏が話題を変えてくる。
「俺と詩音は心配ないとして、アレの暴走は要注意だぞ。」
 奏はノリにのってリズムを刻んでいる律を見て耳元で囁いた。
「せっかくの晴れ舞台に、ステージ上で口論とか、勘弁して欲しいぜ〜。」
「それは大丈夫じゃないか?」
「なに、詩音は律のことを信じてるって?」
「いや・・・律もだけど、奏も美琴も信じているから。律も、奏のこと信用しているだろうし。それは奏もだろ? あの時は・・・。」
 律とはじめてライブをしたあのステージ上の口論は、俺たちに信頼のようなものに差があったからっていうのもあるだろう。それと同時に、信用しすぎているからぶつかりあえるっていうこともある。
「ふ〜ん、詩音も周りが見えるようなったってことか。成長したな。」
「え?」
「いや、なんでもない。よし、一度通しでやるか〜!」
「ああ。」
 奏の呼びかけに律と美琴が応え、ライブ感覚さながらの練習に突入した。

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