ライトノベル第三章五話【最高の演奏】

 週末の連休明けに美琴から連絡が入る。俺は、近いうちに時間を作れないかと返事をした。美琴からは週末以外ならいつでも都合はつけられると返ってきた。週の半ばの夜に、奏たちとスタジオで練習をすることになっていたため、そのことは伝えず、日時だけを指定する。彼らがいるとわかれば、引っ込み思案の美琴は身構えてしまうだろう。とくに、律のことを怖がっているところがある。知らずに来たとしても状況は変わらないと思うが、緊張感がずっと続く中で過ごされるよりはいい。美琴からは、あれから自主練を重ねたので、俺に見て貰えるのを楽しみにしていると締めくくる返事がきた。

 そして週の半ばの夜がやってくる。
 場所はいつものように相楽さんのスタジオ。スタジオはいくつかあり、俺たちはだいたい四人部屋のスタジオを借りる。相楽さんの方で、「詩音たちはここ」と優先的にあてがってくれているらしい。以前にくらべ格段に予約を入れやすくなっているのは、ほかのバンドには申し訳ないと思いつつも、正直、助かる面が多い。
 スタジオの日は必ずといっていいほど律が先に来ていることが多く、次に到着するのが俺か奏。奏が先に来ていると、律とひと騒動起こす確率も高く、練習開始時は空気が悪い。
 だが、二人の衝突は互いを認めあえているからこその本音のぶつかりあい。たまに指摘しあうところが脱線してしまうこともあるが、それだけ仲がいいともいえる。当人たちはそれを言われると、とても嫌そうな顔を見せるのだが。それでも俺は今のこの雰囲気が好きで、DOOMSDAYに居場所を感じることが増えている。いつの間にか、一人で抱えることも減り、気づけば奏や律に相談をしている。
 こんなにも他人を信じ受け入れることができるようになるとは・・・。
 大切にしたい・・・改めてその思いを抱きながら、扉を開けると、
「詩音さん、どういうことですか!」
 と、美琴が半泣き状態で振り返った。
「は?」
「なんで、律さんと奏さんがいるんですか? 僕、時間、間違えましたか? それとも、曜日ですか?」
「・・・いや、間違ってないけど? というか、美琴。早いな。」
 美琴より先についていた方がいいと思った俺は、いつもより早めにスタジオに来ている。それは美琴と律をいきなり遭遇させないためでもあった。
 だが、美琴はそんな俺の考えよりも早く来ていたようだし、いつもギリギリか俺と同じくらいが多い奏ですら俺よりも早く来ている。
「自主練の成果確認をしようと思って、少し早く着いたんです。そしたら、律さんと奏さんがいて。間違えましたって謝ったんだけど、離して貰えなくて・・・。さらに意味不明なことを言われ、僕はどうしたらいいんですか!」
 と美琴はかなり動転している。
「悪い・・・。」
 と先に口にしたのは奏。奏は続けて、
「まさか話してないなんて思ってなくてさ〜。」
 と、美琴はすべてを知った上で来たのかと思い、歓迎してしまったのだという。律に至っては、
「同じリズム担当だしさ、事前にちょっと合わせてみたいかなって思ってさ。けど、なんか妙に怖がられるし。話してなかったのか?」
 と気ばかり焦ってしまったのだという。状況が全く掴めない美琴は、頼れるのは俺だけみたいな、救いを求める眼差しを向けてくる。
「美琴の性格を考慮してと思ったんだが。というか、なんで早いんだよ、奏。」
 いや、違う。奏がいつもより早く来ていたおかげで、律と美琴の間を取り持ってくれていたから、これくらいで済んでいたのかもしれない。
「なんていうか・・・楽しみで。詩音が気にかけている彼がどれだけ俺たちと合わせられるか。居ても立ってもいられなかったというかな〜。」
 すると、律も珍しく奏と同意だと大きく頷く。こうなることを予測できなかった俺が悪いのか?とにかく、最初にフォローしなきゃいけないのは美琴の方だろう。
「悪かったな、美琴。」
「え? いえ、詩音さんが謝ることなんて・・・あの、これはどういうことですか?」
「結論からいえば、DOOMSDAYに美琴のドラムを入れて合わせてみようかってなってな。」
「えっ? えっ?えぇぇぇーーー! 僕が、DOOMSDAYのみなさんと、ですか? む、無理です! そんなの無謀過ぎです!」
「美琴・・・やる前からダメだと決めつけるのは、美琴が直さなきゃいけないことだな。ダメかもしれないけどやってみたいくらいに思えないか?」
「む、無理ですって! だって、いきなりDOOMSDAYの方々となんて・・・。」
「前にスタジオに入ったあと、先輩と合わさせてもらったんだろ?自分もバンドに加わって合わせてみたいっていっていたじゃないか。」
 先輩と一緒に合わせる以外はアンサンブル経験はまだで、それを今回実践してみようと思った。
「それはそうですけど。でも、普段身近にいる先輩とでも、とても緊張しましたし。そこにお二人が入ったらもう・・・。」
 考えただけでも気絶してしまいそうだという雰囲気がひしひしと伝わってきた。成り行きを見守っていた律が見かねて、
「なあ、詩音。こいつ、大丈夫か? 失神したり、しねーか?」
 などと耳打ちしてくるが、声のトーンはそのままなので、美琴にも聞こえてしまっている。ただでさえ律を怖がっている美琴は白目むきそうな状態だ。
「律、煽って追い込んでどうするつもりだ〜?」
 奏が律の口を塞ぐ。俺はどうにかして美琴の精神状態を平常に戻すことに集中した。
「美琴。ここまで前に進んできたのに、また戻るのか? いつかいつかと期待だけ抱いて、外で見ているだけでいいのか? リズム担当のドラムやベースはバンドの要なんだ。それを担える技が美琴にはある。それを今使わないでどうする?」
「・・・けど、失敗したら?」
「はじめから成功するなんて、誰も思ってない。そもそも合わせるというのは至難の業なんだ。鍛錬されたミュージシャンなら即席でもサクサクと合わせられるだろうが。」
「詩音さんはその一人じゃないですか!」
「俺レベルの連中なんて五万といる。ライブでの演奏に一体感があったり、突然アレンジを入れ込んでも失敗にならないのは、それだけの練習を積み重ね、そしてメンバーとの信頼があるからだ。美琴は俺のことを信頼してくれているんだろう?」
「もちろんです!」
「だったら、それでいいじゃないか。俺は美琴も律も奏も信頼している。それに、これは練習。失敗をしてもいいんだよ。身構えずに、楽しむことだけを考えればいい。」
 奏は大きく頷き、律は親指を立てる。俺の言っていることは間違いじゃないと後押しをした。
 美琴はしばし考えていたが、決意が固まったのか、俯いていた顔があがった時は、迷いが消えている、そう感じさせる表情になっていた。
「・・・わかりました。やります!」
 わずかに手を震わせながら前に進もうとする美琴を誇らしく思った瞬間だった。律が嬉しそうに「よし、決まりだな」という。奏は「はやるなよ」と律の高ぶりを収め、俺は軽く美琴の肩を叩いた。
「まず、美琴の緊張をほぐしたい。あまりガン見するなよ?」
 俺は二人に忠告をしたのち、ドラムが置かれている場所に美琴と二人で向かった。
「落ち着いて。いつもの練習と変わりはない。」
「・・・はい。」
「セットの位置は大丈夫か? 焦らず、時間をかけてかまわない。」
「・・・えっと、大丈夫です。」
「それなら、美琴のタイミングで初めてくれればいい。どの曲にする?」
「それじゃあ、この間、スタジオでやった曲で。」
 その曲はライブの中休み的な場面に入れることが多い曲で、とくに早くもハードなリズムでもなく、経験の少ない美琴向けといってもいい。
 だが、決して簡単にできるほど難易度が低い曲でもない。奏や律とアレンジを繰り返し、今ではかなりの難易度を誇る曲のひとつになっていた。
「大丈夫か?」
「はい。自主練でもこの曲を中心にやってましたから。」
 慣れていると美琴が感じるなら、それでいくのがいいだろう。
「今回は生の音と合わせるから、この前より周りに気を遣うんだ。」
「わかってます。絶対、詩音さんをガッカリさせませんから。」
 美琴は見てわかるくらいハッキリと深呼吸を繰り返したあと、頼りない表情から一転、集中へと切り替わる。
「じゃあ、はじめます!」
 宣言をしたあと、カウントを取り、ダンダンダンとバスドラムを叩き、フロアタム、スネアを軽快に叩き、シンバルを力強く叩いた。
 「タカタカタカッ・・・バシッ! バンッ! ダンダカダン・・・」
 とリズムを刻む。小さい体のどこにそんなエネルギッシュな音を出せるのか。楽しむように体でもリズムを取り、ノリがいい。美琴のドラムの鳴りは調子が良さそうだ。俺もこのリズムで合わせたくなる。それは見ていた奏も同じだったようで、ギターを肩にかけ、おもむろに弾く。
「ズルいぞ!」
 律は奏が抜け駆けしたことを愚痴りながら、ベースでリズムを取る。こうなると俺も歌わないわけにはいかないな。マイクを手に、途中からだが発声。慣らす感じのはずが、気づけば本気で歌っていた。
奏も律も本気で演奏し、一曲が終わると、なんともいえない達成感と高揚だけが残っていた。

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