「今」という時間の「私」に価値がある
今日もいつものように出勤する。
何気ない日常。変化のない毎日。
ただ与えられた仕事をコツコツとこなす。
最初こそはやりがいを感じていたものの、同じ仕事を毎日して、同じ金額だけ毎月、自分に価値を付けられて、いつからか、こんな自分の生きがいを見失いつつあった。
世の中は良い意味でも、悪い意味でも便利になってしまって、情報で溢れていて、日々、いろんな人をSNSで眺めては、自分の価値が、存在が、必要性がわからなくなってしまう。
子供の頃からの習慣で、家にいる時は大抵つけているテレビに、同世代の人たちが生き生きと活躍しているのを見ると、自分の今の生活が笑けてきてしまう。
高校生のインタビュー、あの希望に満ちた目も、数年後には死んでしまった自分。
どうせ、私がいなくなったところで、私の代わりなんてたくさんいて
どうせ、仕事をやめたところで、会社は何も困らない
誰一人、何も困らない
それなら、私の価値は、生きる意味は、一体何だと言うのだろう。
通勤の電車に揺られながら、ぼんやりそんなこと考えていた、楽しくもない朝。
「お疲れ様です」
いつものように会社に入って、声をかけた。
『お疲れ様です』
そう返ってくる声に、日常を感じた。
『あれ、今日なんか元気ない?』
ニタニタと笑みを浮かべた上司が私に話しかける。
「いつもこんな感じですけど」
目線も合わせずに淡々と準備を始める。
彼は私よりも先にこの会社に入って、ずっと同じことをやって、何も感じないのだろうか。
ふと思ったものの、話しかけるのも面倒だからやめた。
【ちょっと、大至急、来てほしい】
部長にそう言われて、仕方なく行ったら、ミスを怒り混じりに指摘された。
こんなに大きな声で怒ることもないのに。みんなもこっちを見てるし。
【君の代わりなんて、いくらでもいるんだからな】
そんなのわかってる。てか、これパワハラじゃね?
涙すら忘れて、仕事に没頭した。いつの間にかお昼も過ぎていたし。
お昼なんていらないか、なんて思ってたら、あっという間に帰る時間になって、でも終わらないから、もう少しだけ、を繰り返す。
辺りを見回すと、もうすかっり真っ暗で、今日も一日の終わりを告げられたような気がした。
帰る準備をして、会社を出ようとした時
『帰るのか、ちょっと待ってくれ』
朝の上司が私に声をかけた。内心、面倒だな、なんて思いながら、渋々待つ。
『お前、昼食べてなかったろ、今からご飯、食べに行くぞ』
一方的に決められて、やむなく居酒屋へと連れてこられた。
『さ、なんでも良いから、話してみなさい』
父親のような顔をして、私を見る上司に、私は「とりあえずビール」と言った。
上司はどうやら、部長の発言を気にかけてくれていたらしい。
あの人はああいう人だ、とか。前にも同じことで泣いているやつを見た、とか。色々と喋ってくれた。
「もう慣れましたけどね」
そう告げると、上司はなぜか笑っていた。
「別に間違ってないし。私の代わりなんて、いくらでもいるでしょうね」
酔いも回ってきて、半分やけくそで失礼な言葉を発していく。
「どっかのアイドルみたいに、その人じゃないといけない理由なんて私にはないし、私のやっている仕事も、別に他の人だってできる。それを頭でわかりながら、ずっとこの会社で、働いていく。毎月決まったお金を払われて、それが自分の価値なんだって、認識するしかない。毎日が同じことの繰り返しで、私の価値はなんだろうとか、何のために生きているんだろうって。そんなことを考えていたら、次の日になって、また同じ朝がくるんです」
上司は黙って聞いていた。
『自分の価値ねぇ』
グビッとビールを流し込む。
『確かに俺の仕事、他のやつでもできるだろうなぁ。ある程度、時間と経験積んだら誰だってできるようになるだろうし』
私は黙って話を聞く。
『でもさ、「今」の仕事は今、そこにいる「自分」しかできないんだよ』
上司は私の目を見て言う。
『たとえ他の人がその仕事ができたとしても、今、その仕事をしてるのは自分であって、その仕事のおかげで誰かが笑顔になったり、幸せを感じたり。今、それをやったのは、他でもない、自分だよ。今の、自分の価値を、見失っちゃダメだよ』
こみ上げてくるのをグッと堪える。
『どっかのアイドル?だっけ、も一緒だよ。例えばドラマだって、別にそいつ以外の人ができるわけで、でも、今、その人がやっていることで、誰かが笑顔になったり、感動して涙を流したり。それがその人の価値になる。俺らみたいなサラリーマンだと、それを実感しにくいだけで、みんな一緒だよ』
上司が会計を済ませてくれて、「ごちそうさまでした」と言うと、満足そうに頷いていた。
『明日からもよろしくな』
バシッと軽く背中を叩かれる。
「痛いですって」
お互い笑いながら、店を後にする。
「ただいま」
誰もいない部屋に帰ってきて、テレビをつける。
昨日までは毛嫌いしていたはずのテレビの中の人たちに親近感を覚えた。
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