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ゆるやかな自分

 最近、自分について考える機会が多い気がする。
 例えば、就職活動。僕は、現在大学4回生で、4月から働くことができる場所を探している途中である。就職活動を始める前は、社会は自分を受け入れてくれるだろうかという、どこにぶつけていいかわからない不安感があった。そもそも、先人たちの就職活動の話を聞いて、いいイメージがある人はいないと思う。僕もその一人だった。YouTubeにある『就活狂想曲』というアニメーションを見て、無意味に怯えていた。お互いに嘘ばかりつきあって、何も見えてこないのが就活なんだろうと思っていた時もあった。
 しかし、就職活動を始めてみたら、ゆっくりと考え方が変わった気がする。具体的には、就職活動のことを、企業側に求める人物像と、働きたい企業像をすり合わせる時間なのかなと思った。
 企業が人を採用する側で、僕らが個人で戦うことは変わらないから、企業側が「対等ですよ」といくら言おうと、対等ではないとは思う。しかし、必ずしも自分がダメだから落とされるのではない、ということも理解できるようになった。なんとなく、学べる機会になって、落ちたらしゃーないなと考えられるようになったのだ。
後輩がこの文章を読んでいるかは到底怪しいし、就職活動を行う時に参考になるかは分からないが、数か月経験した僕の体感を記しておく。
 就職活動に必要なのは、①企業側の求める人物像の中にあったのをアピールできるか、似ているところを見つけられるかと、②自分の働きたい企業像をより具体的に理解し、それを伝えられることだと感じた。この二つのために、(もしかしたらもっと多くのために)「自己分析をしろ」と大人は言うんだと思う。自分には、どんな個性があって、特徴があるか。長所、短所。何が好きか、どんな将来がいいかとか。そういうことを考えて理解し、企業側にアピールできるものを増やしておくのが自己分析だと思っている。
 しかしこれは、無理ゲーです。自己分析をやることは必要だと思うが、自己分析を完璧にやり切ることは無理だ。そもそも、「就職活動が無理ゲーです」と言われればそこまでなんですが。
 好きなものも、考え方の特徴も、叶えたい将来も、ずっと変化し続けていく。今ここで確定させることはできないと感じるし、理由もメリットもない。就職するために、社会人経験もほとんどない20代の人間が、その時点で自分のすべてを理解して、確定させていくことは、不可能だと僕は考えている。それに、僕たちの人生は寿命まで生きると考えた場合には、あと数十年生きることになる。その間、確定したものに固執し続け、視野を狭く持ち続けることはもったいないと感じる。少なくとも僕は僕に、そんなことはしないでほしいと思う。
 自分について考えた、もうひとつの機会は、卒業制作だ。僕は今、文章を書きたいと考えている。テーマとして、「自身が創り出した別の自分を用いることで、作品の魅力を増やすこと」と言う風にしている。まだ構成段階で、どう言っていいのかわからないけれど、つまり、自身が作った、自分と違う個体をSNSやアバターを使って、コンテンツを制作することの魅力について考え、制作に生かしたいということである。このテーマについて考える際、嫌でも自分と自分以外について考えるようになった。自分とSNSの自分は同じもの? 違うもの? 自分が意識して創り出したアバターやキャラクターは自分と言えるのか。
そもそも、自分ってなんだろうか。

 就職活動や卒業制作で必要に駆られ、自分について考えた時に、一番最初に悩んだことは、「自分は何で構成されているか」というところだった。出版・広告業界を志望しているけれど、なんで? と言われるとわからない。企画をやりたいけれど、なんで? と聞かれると、楽しそうだからみたいな抽象的な事しか言えない。やりたいことははっきりと言えるのだけれど、その理由を具体的に、できれば経験をもとに言うことが僕には難しかった。
 好きなこともそう。Vtuberが好き。にじさんじが好きだけれど、どこが好きかと言われれば、わからない。ハマったきっかけは言える。それに、もう2年半も推しているから、懐古厨みたいになっていて、転換期を迎えているであろう今のにじさんじのどこが好きか、もっとわからない。
 本が好き。読書が好き。知識が増えることが好きだけれど、大学生になる前はそんなこと考えながら読んでこなかった。本に救われた経験があるわけでも、本がないと生きていけなかったわけでもないと思う。僕を構成しているものには、理由がない。やりたいことを「やりたい」と言い切れない。好きなことを「好きだ」と言い切れない。それだけで、自信は喪失するものだと思う。

 就職活動の自己分析の話と、卒業制作の話の違いは、目的とその過程にあると考えている。自己分析は、企業側が提示している「求める人物像」に、自分が近い人間であることを伝えることが目的。基本的には、自分のいいところを見つけていくスタンスな気がしている。「短所もあるけれど、ほかの長所で補うよ。そもそも、長所と短所って表裏一体でしょ?」みたいな。だから、できるだけ自然体で、かつ誇張したり、汚点を隠して話すことが求められていると思う。
 一方、卒業制作は、あくまで自分で考え、選んだテーマであることが前提。どんなアバターを作家に投影し、自分と違うとはっきりと言える形式をとるか。それを考えるために、「自分とは何か」を考えるのだから、自分の醜い部分を直視しないといけないのは当然だ。また、作家に投影するアバターを「なりたい自分」にしたものだから、余計に「なれない自分」に触れなければならなかった。これが僕にとって結構きつかった。なんなら今でもきつい。
 現実にいて当たり前に存在している僕と、文章を書いている僕が分離していくような気がしてくる。実感した頭は同じなのに、別の人間が違う方法で出力したような感覚があった。当時のSNSを見ると「視野が多くて」や「頭が分離」みたいな言葉で、説明しようとしたけれど、どれも当たらずも遠からずな感じ。しかも、「なりたい自分」として投影していたアバターも、結構長い期間使ったから、こじれた愛着が明確に制作の邪魔になっていることに気付いていた。けれど、その僕の中にいる、「別の人」に名前をつけて、長いこと一緒にいてしまった。子供の頃、一緒に眠ったぬいぐるみが捨てられないみたいだと思った。

 良くも悪くも自分のことを、考える機会をもって感じたことは、緩やかなつながりの存在。
 例えば、就職活動での自己分析では、自分がアピールできるポイントを探すために、過去を振り返る。そうすると、いい思い出が一つもない中学生の時も、どうにかしようとしていたことがわかる。視野が狭くなる義務教育の中で生きる自分が、どれだけ抗おうとしていたかがわかる。当時入っていた陸上部に、いい思い出はないけれど、あの時の経験がなければ、僕はもっとごみかす人間になっていただろう。
 もし、いじめられたころのまま大人になっていたらと思うと、ぞっとする。そんな中学生だったからこそ、高校にあがってからはできるだけ視野を広く持とうと思えたし、いろんな場所に行こうと思えた。幼少期に書道を経験したから高校で書道部に入れたし、その書道部でも陸上部でやっていたことが活かせたことが何度もあった。高校でやった書道パフォーマンスの演出や台本制作が、大学の授業でそのまま活かせるようになるとは思いもしなかった。展示会の主催として企画運営をやった時にも、振り返ることになった。
 卒業制作では、そもそも12年間も文章を書き続けていることに気づいた(そのせいでこじれてしまっていたりするのだけれど)。楽をするために、一度掲載したものを再編集して登校していたものが、自分とアバターを分けるための形式として、使用できるかもしれないと言われた。自己分析で自分のことについて考えていたからこそ、卒業制作として考え続けることができた。
 僕は時々、未来を想像する。「猫飼いたいな」とか、「どこに住んでいるかな」とか。その願いの先で、物価高とか政治とかを考えると、やっぱり今の日本で明るい未来だけを考えて生きていくことは難しいのではないかと思う。まだまだ就職活動を続けて、大学卒業して、決まったら就職して。その先を想像すると怖くてたまらない。でも、そんな時思うようにしていることがある。自分について考える機会が多くあったからこそ、納得することができた。これまでがすべて緩やかにつながっているなら、これからも緩やかにつながっているだけである。物価高とか政治とかは、干渉できることが限られているけれど。不安は尽きない。怠惰はやまない。

 それでも、そこには、緩やかにつながった自分がいるだけである、と。

学内ワークショップより引用


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