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✦✦楽しく、自由に〜千年の時を超えたラグジュアリー✦✦



✦✦楽しく、自由に〜千年の時を超えたラグジュアリー✦✦


「僕は幼少の頃から将棋に慣れ親しんでいて、それを指す棋士が大好きです。つい先日も、渡辺明3冠と藤井聡太4冠のタイトル戦(王将戦)が始まりまして、会見でのお二人の着物姿をテレビのニュースで観ました。着物を目にするとき、晴れ舞台と言いますか、“これからいよいよ大勝負が始まるんだな”という予感に満ちて、いつもワクワクしてしまいます。
でも考えてみれば僕自身はと言うと、着物を持っているわけでもないし、もし誰かにプレゼントしてもらったとしても、自分一人では着ることさえできない事に気づいたんです。そこで今日は、“近くて遠い着物”というものを身近に感じられる切っ掛けになるのではないかと思い、矢作先生にお逢いできるのをとても楽しみにして来ました。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


✦異国で見つけた自国の文化

「かく言う私も、実は着物を着られない大人の一人だったんですよ」

「矢作先生がですか?」

「えぇ。私も着物は好きで、着たかったのに着られなかったんです。
子どもが少し大きくなった頃に、2年ほど教室に通ったのですが、思う様にはいきませんでした。それで一度は忘れて、着物からは離れていましたね」

「それは意外でした。では、今の活動に携わるまでの経緯を聞かせて頂けますか?」

「その後、主人の仕事の関係でカリフォルニアに数年暮らしていたのですが、そこで運命的な出来事がありました。私が着物と出逢ったのは、現地で催されていた盆踊りの会場だったんです」

「アメリカで盆踊りがされていたのですか?」

「そうです。日本人コミュニティがあって、日系人の友だちに“やってるから見に行かないか?”と勧められて。中学生の次女と一緒に行ったんです。娘は甚平を、私は浴衣を着て行きました」

「そこで、着物姿で踊る人たちを目にしたのですね」

「はい。カリフォルニアの青い空の下で。それはもう本当に、想像以上に感動して、一時間以上見ていました。それからずっと、着物のことしか考えられなくなってしまって」

「ただ“綺麗だな”というだけではなかったのですね。その時には、どんな事を感じていたのでしょうか?」

「踊っている人たちは子どもから大人までいました。歴史的な背景から言えば、日系3世、4世くらいに当たる様な人たちですよね。私たちの文化が“遠い異国の地で脈々と続いていたんだ”という事に感銘を受けたのだと思います。アメリカでの生活は楽しかったのですが、自分のなかの国籍的なものというか、アイデンティティが揺らいでいた時期でもあったんですね。それで余計に強く感じたのかも知れません」

「確かに、日本にいれば日常の風景は当たり前のものというか、それを遺していく意味について考えたりする機会はあまりないかも知れませんね」

「移民の彼ら、彼女たちが思う着物の深さ……、大事にしている気持ちが私の中にリンクしたんです。そもそも自分がここにいるのは、ご先祖たちがいたからなんですよね。そうした方たちによって紡がれて来た文化や技術を、ここで途絶えさせてしまって良いのか。少し哲学的かも知れませんが、そういう強い思いが生まれました」

「そうして今、過去から未来への架け橋の様な役割を、矢作先生が担われているのですね」

「“日本文化のために”なんて言うのはおこがましいですけれど、そうなれたら本当に嬉しいですね。“そのために私ができる事は何だろう?”今でもそれを、いつも考えています。
それから暫くして日本に帰って来て、これから何をやりたいのか、主人に聞かれたんですね。50を越えた女性に“何をやりたいんだ?”って”(笑い)」

「素敵なご主人ですね」

「その時に、着物に関することをしてみたいと伝えました。それからずっと、こういう活動をしています。必死に色んな事に取り組んできて、気づけば15年ほど経ちましたね」

✦着物・タイムトラベリング

「日本に戻られてから、着物に纏わる活動をされて来たという事ですが、その時には矢作先生はまだ、失礼ながら、着物に関しては素人なわけですよね?」

「そうです」

「やはり、誰か先生に付いて教わったのですか?」

「いいえ。自分で勉強しました」

「どの様にして知識を修得されたのですか?」

「本とインターネットですね。積み上がるくらい読み漁ったりもしましたが、本は用語の辞典代わりに用いるととても便利ですよ。例えば3級くらいの検定本を読めば、そこからかなりの知識が得られます。級位自体は、私は取っていないんですけど(笑い)」

「ネットの方は、どういった風に活用されましたか?」

「商品カタログなどに目を通しても勉強にはなりませんから、産地を見て行くのがお薦めですね」

“産地を見る”とはどういう事でしょう」

「『日本の着物の産地』と検索すると、北は北海道から南は沖縄まで出て来ます。最初に見た時には、“パァーッ”と日本が拓けた様な感覚がありましたね。それらが“いつ・何処で・どういう流れで”発展してきたのかを見るのはとても楽しかったですよ。例えば、名言などでも有名な上杉鷹山が米沢藩(山形県)を盛り上るために用いたのが、着物の反物だったりとか」

「歴史の勉強にもなりますね」

「藩ごとに調べて行けば、そこにあるお城なんかとも繋がって来ますし。逆に歴史好きの方なら、何かを調べるついでに着物も見て行けば、また違う角度からも日本史を楽しめる様になるのではないでしょうか」

「僕は歴史小説をよく読むので、早速試してみたいと思います」


✦生地の世界

「活動の当初はどういった感じでしたか?」

「やはりスタートには『自分では着られない・着せてもらうにはお金が掛かる』という着物一般に対する強い問題意識がありました。そこで少しでも敷居を低くしたいという思いから、着物の生地でジーンズやジャンパーをアレンジして販売したりもしていました。着物を身近に感じてもらうための切っ掛け作りですね」

「なるほど。着物の着方を身につけていない人でも、それなら毎日、生地に触れることができますね。ただ、洋服に着物の生地を付け加えることで、着物というものを感じられるのでしょうか?」

「説明するよりも、実物を見て頂いた方が早いですね。こちらがそれらの物になります」

Jジャン/©️Do justice
5ポケットジーンズ/©️Do justice

「ジャケット、それにジーンズもありますね。ありがとうございます。なるほど、確かにすごい存在感ですね。デザインよりもまず、生地の醸し出す和の雰囲気に目を奪われます。色合いもとても綺麗です」

「これが“生地の力”なんです。デザイン重視の洋服と違って、着物は生地重視ですから。着物というのは形が殆ど一緒なんですね。この反物の生地をどうするかに、命を賭けているのが着物の世界です」

「こうして改めて見ますと、とてもしっかりとした作りですね」

「直線の生地で、それをパズルの様に繊細に組み合わせて、立体的にしているんです」

「とても手が込んでいるのが分かります」

「元を辿ると、着物というのは藩が参勤交代の献上品として用いていた物ですからね。藩が幕府のご機嫌を取るために、技術の限りを駆使したわけです」

「それは面白い経緯ですね」

「そうしたそれぞれの地の技術、風土、文化、美意識がここに表わされています。この頃はグローバリズムの文脈で多様性なんて言ったりもしますけど、日本という国は元々が多様性の国なんです。それが今はもう、十分の一くらいしか残っていなくて……。今いる職人の方もその殆どが存続の危機に陥っています。更に言えば、コロナ渦で成人式も卒業式も結婚式も中止やキャンセルが続いて来ましたから、その窮状には拍車が掛かっています」

「いざこうしてその美しさを目にすると、それはとても惜しい事に思われますね」

✦夢に降りてきた矢作式

「その後、着物の普及は進んで行きましたか?」

「着物生地でアレンジした服も好評ではあったのですが、問題に対する解決策ではないと次第に思う様になりました。やはり本当の意味で着物を広めて行くには『自分で着物が着られる様になってもらうことだ』と、工夫する重点をシフトして行きました」

「より根本的な問題に取り組み始めたのですね?」

「そうです。どうしたら、着物を着やすくできるのか。時間を掛けないで、確実にきちんと着てもらえるだろうか。“どうして着られないんだろう?どこが崩れるんだろう?”、毎日そんな事ばかり考えていました。そんなある日、夢を見たんです」

「それはどんな夢でしたか?」

「ご先祖様が、夢枕に立ってアドバイスをしてくれました。起きてから思い出して、普段教えている時に皆さんが苦労する部分について、“ならばこの様に改良すれば良いのではないか”という大きな発見ができたんです。それが、『矢作式・5分で着られる着物』です。一応、ちゃんと意匠登録もしています」

「それはどんな着物なのでしょうか?」

「初めての方でも、すぐに、そして何度も着ることができる様に開発したものです。自分で着物を着るための導入の役割を果たします。どういう仕組みでどの様な作りなのかは、本に詳しく書いてありますのでここでは述べませんが、着やすくしたからと言って、その美しさが損なわれてはいません。そしてここから馴染んでいく内に、普通の着物も着られる様になって来ます。そうすればその先は、“何が良い物か”“どういった着物が自分に相応しいのか”という事も分かって来るわけです」

「段階を踏んで、着物に深く馴染んでいけるのですね。素晴らしいと思います」

「かつて着物離れしてしまった私の苦い経験からは、“一日めから”着られる様になって頂くことが考えの起点になっています」

“何年もかけて漸く”ではないのですね」

「だから革新的なのです。一回でみんな着れていますから。帯はさすがに2回くらい掛かりますけど」

「そうした事を、こちらで教えて頂けるのですか?」

「そうです。会員の方には月に何度でも好きな時に来て頂いて、着方を教えたり、それだけではなく様々な質問にもお応えしています」


✦楽しく、自由に承継していく

「会員の方たちとの触れ合いについても聞かせて下さい」

「基本的に、“何でも聞いて”というスタンスです。帯の結び方、夏の着物は何月からどういった物を着たら良いか、“歌舞伎を観に行くんだけどどんな着物が適当なのか”、着物に纏わる事なら何でもお話しします」

「会員の方の年齢層は、どの様な感じですか?」

「私の身の回りの方の口コミが多いので、メインは40代から上くらいの方になりますね。若い方たちに向けての取り組みでは、ファッション・ショーもやっています。プロのモデルは使わないで、私たちで作り上げるショーです。“着物を着て嬉しい”という、その心で歩いてもらいたいので。当初は、“バックヤードで着させてあげてステージに”という流れだったのですが、去年の7月のショーでは、完全に“自分で着てもらって”ランウェイを歩いてもらいました。大成功でした」

「憧れから入って、それが自分で着られる様にもなって、その姿を来場の方たちに楽しんでもらえたら、とても嬉しい体験になりますね」

“全てのプロセスをこなせた”という充実感があったのだと思います。みんなで協力したりもして、バックヤードに一体感もありました。それと、やはり何と言っても自分で着られた方が楽ですよね。帯一つ見ても、人に締めて貰うよりは、程よい加減に調節できますから」

「いざ着られる様になったとして、どんなシチュエーションで楽しんだら良いと思われますか?」

「そうですね。例えば、美術館巡りを会員さんたちと一緒にしたりしています。こういう時期ですし、あまり大人数にはせずに3人くらいで一つのグループにしているんですけれど」

「着物を着て、絵画を觀る。素敵な絵が浮かびますね」

「美術館の景色も変わりますし、絵を觀る時の心持ちなんかも違ってきますよね。それと、観賞した後には喫茶店に入ってお茶などもするのですが、その時の姿勢なんかも自然にシャンとされて、佇まいにも変化があったりします。自分の中にそういう一面があるのだという発見があって、非日常になるわけです」

「優雅といいますか、とても贅沢な休みの過ごし方ですね」

「生活のなかのほんの一時に、贅沢な時間はあった方が良いと思います。千年の時を超えたラグジュアリーです(笑い)。先人の素晴らしい技術を身に纏って、色んな場所を訪れてみて下さい。日本らしい場所である必要はなくて、海外でも、よく足を運ぶ街でも良いと思います。それが着物に合うのなら、履く靴がブーツだって良いんです。コントラストになって、その分だけ一層に着物が映えますから」

✦彩りのある世界に

「最後に、いま矢作先生の思われる“着物のこれから”についてお聞かせ下さい」

「着物の世界のSDGsは、『お母さんが自分一人で着られる様になること』なんです。そうすれば、それをお子さんに伝えていく事もできますよね」

「それが、これまでのお話で伺ってきた先生の原点でした」

「未来の事を考えれば、特に若い方たちには、楽しみながら広がって行ってほしいなと思います。『成人式の時に自分で着物を着て参列する、振り袖も帯結びも全部できる、それが本当の“日本の成人”』という事を掲げて、頑張って来ました」

「やはり対象は女性の方になりますか?」

「男性の方にも、良いと思う手頃な価格の着物を買い集めて、綺麗に洗って、その人のサイズに合った物を、きちんと説明して売っています。例えばこれは八王子の着物で、会員の方のために用意した物ですね」

「だいたい幾らくらいするものなのでしょうか?」

「この着物は2万円ほどですね」

「見たところ、しっかりとした着物に見えますが」

「販売で利益を出そうと思ってはいないので、かなりお安くはしていますけど」

「正直なところ、もっとするものだと思っていました」

「もちろん、こだわれば高級な物は幾らでもあります。でも最初のうちは、無理なく始められる方が良いですよね」

「決して、手が出ないほど高額な物ではないのですね」

「そうなんです。ですから、一人でも多くの方に着物の着方を伝えたいと尽力しています。『十人に一人が着物を着られる世界』になれば、私たちの日常の景色はもっと彩り豊かに変わると思います。そういう世界を作りたいです。“着物は難しい”という思い込みで遠ざけてしまっている方は、少なくないと思います。機会があるのなら着てみたいとおっしゃる方は多いですから」

「私たちの日常風景が、文化的にも視覚的にも、もっと多彩に華やかになって行ったら良いですね。今日は貴重なお話に加えて、反物や加工品など、沢山の綺麗なものも見させて頂きました。ありがとうございました」

矢作千鶴子 / 着物活性プロデューサー
1956年 新潟県刈羽郡(現・柏崎市)高柳町 出身
1979年 国士舘大学 体育学部卒
1979年 高木学園高等学校 保健体育教師就任 兼イラストレーター(集英社、小学館、主婦と生活社、ベースボールマガジン社等)
1992年 同高校体育教師退職後、夫の開業をサポート
2002年  5人の子供を連れてアメリカ移住先人の着物と出会う
2004年 帰国と同時に着物を独学で勉強
2008年 着物ファッションショップ『Do Justice』オープン
2009年 一般社団法人『Tradition JAPAN』設立
2011年 国士舘大学政治学部政治学科 修士課程入学
2015年 修士課程修了 学位取得ジュエリーナ開発 小袖ユニフォーム開発 矢作式着物の発信

©️野咲蓮 2022.02.09

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