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赤鬼の棲まう故郷

 人にとって『故郷』というものはそれぞれ捉え方がある。自分の先祖が住んでいた土地であったり、心の琴線に触れて懐かしく思うようになった土地であったりする。そして、多くは自然豊かな里山だったりするのだ。都会に生まれ育って早くも半世紀を超えた私は、『故郷』と呼べる土地を持つ人々にずっと羨望を抱いて来た。しかし今の私には、長い時間を経て心の深い部分に生まれた『故郷』がある。そこには赤鬼が棲んでいる。

出会い

 『黒姫』という土地を知ったのは、自分が大学を出てすぐ結婚して3人の子供の子育てに奮闘していた頃観たテレビ番組がきっかけだった。『C.W.Nicolのおいしい博物誌』という一風変わった野外料理と自然を紹介する番組のMCだったナチュラリストで小説家の、C.W.Nicol氏(2020年没 以下ニコルさん)の本拠地が『黒姫』だったのである。主に番組は黒姫の四季の中繰り広げられ、野外での野趣あふれる料理の紹介が魅力的だった。ニコルさんは海外のレンジャー、イヌイットとの生活などを経験した筋金入りのナチュラリスト。彼はアイルランドのウェールズ出身で、日本の黒姫に『アファンの森』を手間を惜しまずに作り上げ、『黒姫の赤鬼』と呼ばれるようになった。『アファンの森』の名は、故郷ウェールズで森の再生が行われた『アファン・アルゴード森林公園』にちなんでいるそうだ。話が脱線してしまったが、そのTV番組がきっかけで、自分が幼少期から好きだった自然への憧憬が再燃し、黒姫へ行きたいと願うようになった。

黒姫へ

 同時に自然を護りながら森に暮らすニコルさんに憧れを抱くようになった私は、ニコルさんの著書を図書館で読みふけり、いつしか大ファンになっていった。黒姫に行きたい思いが募っていた時、信濃町の黒姫山市民登山参加者募集の記事を見つけ、6歳の娘と一緒に参加してみた。握り飯のお昼ご飯を携えての山登り。緑豊かな木々に覆われた美しい姿は『黒姫』という名を冠するに相応しい静謐な気を孕んでいた。ふもとには童話館、牧草地やスキー場、バリエーション豊かなトレイルコースが広がっている。初心者にも優しく、私と娘は広大な自然を満喫する事が出来た。

草原に囲まれた黒姫童話館は、自然、児童文学、芸術に触れられる場所。ミヒャエル・エンデ、いわさきちひろ、etc. 国内外の童話作家や作品を紹介、世界各国の童話や絵本を集めて大人も子供も楽しめるように展示してくれている。「時間どろぼう」という名前の喫茶店があって、娘と休憩に立ち寄った時の事、そこにはなんと…
赤鬼が座ってぶどうジュースを飲んでいたのだ。大好きなニコルさんがここにいる!!
時間どろぼうにもっていかれた時間をモモが取り戻してくれた瞬間をまさに経験する事になった。ニコルさんは当然私たち親子の事は何も知らない。だけど優しく言葉を交わしてくれた。『黒姫の赤鬼』との記念写真は私の心の一等席に今でも飾られている。

癒しの森

 時は流れ今、黒姫山の麓には豊かな自然を護り、人を癒す「信州・信濃町 癒しの森」(森林セラピー基地)が置かれた。住民だけでなく、訪れる人にも癒しを感じてもらえるまちづくりがある。「癒しの森コース」が整備され、滝あり、池あり、高低差のある径が複数設定され、野尻湖、黒姫高原など信越の山々の中を散策ができるセラピープログラムとなっている。人それぞれの楽しみ方で、いつでも「自分の癒しの森」で心と身体を癒せる試みが行われている保養型観光地なのだ。

2002年ニコルさんは長野県へこれからの時代に向けて豊かな自然と森を生かした「エコメディカル・ヒーリングビレッジ構想」を提案された。赤鬼は旅の果てに辿りついた故郷で仲間を得、身体はこの世からいなくなってしまったけれど、精神は仲間と今も共に在り、これからも黒姫の森や人の自然への在り方を見守ってくれている。

ニコルさんのおかげで、今、私は知っている。誰にでも、心を癒すふるさとがある事を。時を経て今私はパートナーと二人で、赤鬼が棲まう故郷への帰郷を計画している。
 

 このエッセイは、辻仁成さんの文章教室エッセイ編に向けてにこるが執筆しました。2022/6/某日2022年6月12日 ペンネーム にこる☆

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