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男が階段を上る時 - ホン・サンス『WALK UP』
韓国語の原題は「탑」、意味は「塔」である。映画監督である主人公・ビョンスが娘のジョンスを連れ立って訪れることになるのは屋上付きの4階建てアパートであり、それぞれの階層で彼らは食事をしたり、酒を酌み交わしたりしながら、ダラダラと会話を続ける。この建物がすなわち「塔」であり、そのあっけらかんとした慎ましさと、どこか見るものを簡単には寄せ付けない不気味さとに、この映画のタイトルとして冠せられるのに相応
もっとみる彼らは何に備えているのか - クレール・ドゥニ『美しき仕事』
そこがジブチというアフリカ大陸の東部に位置する国であるという情報は、一応この映画の冒頭で示唆されはするものの、その後我々の眼前に広がることになる無骨な大地や日光を受けて照り輝く海面は、どこまでも匿名的な様相を保ち続ける。そこで兵士たちが繰り広げる訓練と思しき活動についても、仮想敵や具体的な目標などが示されることはなく、ただ彼らの肉体的な強度が練り上げられていくのを見つめることしかできない。もちろ
もっとみる画面外への脱出 - ジョナサン・グレイザー『関心領域』
様々な映画で描かれてきたナチスドイツによるホロコーストを主題とするにあたり、ジョナサン・グレイザーが先行作との差異として選び取った手法は、その残虐な行いを徹底して画面の外に追いやる、というものだった。すぐそこで進行し続ける非人道的な行為が直接画面内に入り込むことはなく、時折銃声や悲鳴が聞こえてくるばかりである。では、そんな映画に映っているものは何か。
アウシュビッツ強制収容所に隣接する家には、