七月のランデヴー

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『飢餓海峡』と『シークレット・ディフェンス』 -「出会い直し」に覚える目眩

 それなりの本数、少なくとも人並み以上の数は映画を見てきたつもりではあるが、そこに内田吐夢の監督作品がひとつも含まれていないのはさすがにマズいのではないか、という漠然とした不安に駆られ、ひとまず代表作である『飢餓海峡』を見た。  犬飼多吉(三國連太郎)は、大金を手にすることとなった強盗事件の共犯者2人を、津軽海峡で起きた連絡船の転覆事故のどさくさに紛れ、殺害する。その直後に出会った娼婦・八重(左幸子)と一夜をともにし、その金の一部を八重に渡し、犬飼は本州へと逃亡し姿をくらます

    • 男が階段を上る時 - ホン・サンス『WALK UP』

       韓国語の原題は「탑」、意味は「塔」である。映画監督である主人公・ビョンスが娘のジョンスを連れ立って訪れることになるのは屋上付きの4階建てアパートであり、それぞれの階層で彼らは食事をしたり、酒を酌み交わしたりしながら、ダラダラと会話を続ける。この建物がすなわち「塔」であり、そのあっけらかんとした慎ましさと、どこか見るものを簡単には寄せ付けない不気味さとに、この映画のタイトルとして冠せられるのに相応しい一文字たる所以がある。映画のタイトルなど、それ以上でもそれ以下でもない、映画

      • 彼らは何に備えているのか - クレール・ドゥニ『美しき仕事』

         そこがジブチというアフリカ大陸の東部に位置する国であるという情報は、一応この映画の冒頭で示唆されはするものの、その後我々の眼前に広がることになる無骨な大地や日光を受けて照り輝く海面は、どこまでも匿名的な様相を保ち続ける。そこで兵士たちが繰り広げる訓練と思しき活動についても、仮想敵や具体的な目標などが示されることはなく、ただ彼らの肉体的な強度が練り上げられていくのを見つめることしかできない。もちろん、すべての軍事的な活動が喫緊の有事に対応するものであるとは言わないが、それにし

        • 画面外への脱出 - ジョナサン・グレイザー『関心領域』

           様々な映画で描かれてきたナチスドイツによるホロコーストを主題とするにあたり、ジョナサン・グレイザーが先行作との差異として選び取った手法は、その残虐な行いを徹底して画面の外に追いやる、というものだった。すぐそこで進行し続ける非人道的な行為が直接画面内に入り込むことはなく、時折銃声や悲鳴が聞こえてくるばかりである。では、そんな映画に映っているものは何か。  アウシュビッツ強制収容所に隣接する家には、収容所の所長一家が暮らしており、忙しなく動き回る一匹の真黒な犬とともに、緑豊かな

        『飢餓海峡』と『シークレット・ディフェンス』 -「出会い直し」に覚える目眩

          「のど飴はキスの味、じゃない」の謎を解く-カネコアヤノ『さびしくない』について

          2024年4月17日にリリースされたカネコアヤノの新曲「さびしくない」を初めて聴いた時の、正確にはその歌詞のうちのワンフレーズを耳にした時に覚えた掴みどころのない違和感と、その正体を探るべく為された検証とその結論について。 カネコアヤノの楽曲の歌詞について、以下で試みられるような理論的な、理屈を積み重ねて結論めいたものに辿り着かんとする行為が果たしてふさわしいのか、という問いは一旦脇に置いておくので、そのようなツッコミは野暮とする。始めよう。 【カネコアヤノ「さびしくない

          「のど飴はキスの味、じゃない」の謎を解く-カネコアヤノ『さびしくない』について