そのときふとある考えが浮かんだ。そうか俺は当て馬なのか…。
ランチをテイクアウェイしての教室への戻り路。
(オーストラリアではテイクアウトとは言わない)
チャツウッドの駅の階段を西側に出たところで、
南アジア系のまだ10代だろうという若い男が
Tシャツの下からスプレイを自らの脇に向かって吹きかけまくっていた。
それはそれは念入りに吹きかけていて、
スプレーの霧が風に乗って長い帯になって流されるのが見えるほどだった。
男は首をこまめに動かしてキョロキョロと周囲に視線を走らせてはいたが
それは公衆の面前で脇にスプレイをしている自分が誰かに見られてはいないかを気にしているのでは全然なく、これから会うであろう女の子をいち早く見つけたいという本能からくるものであることは容易に想像できた。
そんなに吹き付けたら身体に悪くはないか?
男のところを通り過ぎたあとも流れてくるスプレーの匂いを鼻に感じながら思った。意思とは関係なく吸い込まねばならないこっちの身のことも考えてほしいが、そんなことは微塵も浮かびはしないんだろうな。
ある日のこと。
ジムでシャワーを浴びたあとにロッカールームで体を拭いていると、
背の高い白髪の年配の白人が声を掛けてきた。
「おまえはデオドラントのスプレイを使うのか?」
何のことかと思ったんだけど、
確かに誰かが使った脇用のデオドラントの香りが周囲を埋めていた。
「俺は使わないよ」
俺がそう答えたにもかかわらず、老人の口上は始まった…
(せめてパンツを履いてからにしてほしかった)
「このニオイ、分かるだろ。テレビでも言っていたが、このスプレイは喉にも悪けりゃ、目にも悪い。周囲の人達に迷惑を掛けるんだ。お前は好きか?このニオイ。ワシは目が痛くてたまらんぞ。市場調査では男も女もスプレイを使うそうだか、何故ロールの塗るタイプのものを使わないのか。体に悪いということは自然も壊してるってことだろう。」
とかなんとか。とにかく一人でベラベラとまくし立てる。
その間俺は何故この老人が周囲にいる人間の中で俺をチョイスしてこの愚痴をタラタラ垂らしてくれているのか、その理由を考えていた。
老人の論は分かる。
確かにその通りなんだろう。
どちらがより汗のニオイを抑えられるのかは知らないが
周囲への影響を考えたらおそらくロールの方がいいのであろう。
(しらんけど。)
だけど、その目はなに?
そんなに俺に怒っても、そんなん知らんやん。
俺はどっちも使ってないし。
そのときふとある考えが浮かんだ。
老人は俺に話してるふうに見せかけて、
実は周囲に聞こえるように言ってるのではないか。
そうか、それが理由か、俺は当て馬なのか…。
アジア人だと思って馬鹿にしやがって。(←被害妄想)
喋り続ける彼に気のない相槌を打ちながら俺は服を着た。
俺に言われたってどうしてあげようもないのだ。
しかしまあ、人がエチケットでやっていることでさえ害になるんだな。
そしてこうして何かと文句のある人がちゃんと存在する。
シャワーのあとは ジョンソンアンドジョンソンのベビーパウダーはどうだろう。大人の男の匂いではないけど、とてもいい匂いではある。
え~っ、粉もまずいの?
知らんやん。
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