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ジムに居た人 3

世の中には人を観察するのが上手な人がいる。
という言い方はもしかすると誤解を生んでしまうかもしれない。
そもそも物事を観察するのが上手い人がいて、その人が人の観察も上手いのだとすれば「人を」とそれだけ断定してしまうのは手落ちになってしまうのか。人の観察だけは上手いけど、それ以外は全然ダメという人とは区別されてしかるべきである。ただどちらも人の観察が上手いことには違いがないのでここではこれ以上触れない。

が、そんな話ではない。

世の中には人を観察するのが上手い人もいるが、俺はそうではない。

子供の頃からずっと目が悪かったが、四六時中眼鏡をかけていたわけではないし、コンタクトレンズを入れっぱなしていたわけでもない。いつの頃からか、クリアではない世界、視界がはっきりくっきりしていない世界の方を好ましいと感じるようになっていたのかもしれない。

路肩に腰かけている人だと思って原チャリに話しかけてみたり、人だと思ってパーキングメーターと一緒に深夜バスを待っていたり、他人から見ればいろいろ不思議な感じはあるかもしれないが、本人は特にそうでもない。

ということで、何かを注視せねばならぬ行為、すなわち観察は俺の不得意とすることろだし、したがって好みとは到底言えない。だから人を観察するのも上手ではない。

「人に興味ないよね」と以前ある人から言われて考え込んでしまったことがあるが、そうやって言われてみるとたいして興味がないのかもしれないと半ば納得しかけた。

しかしである。
こちらから向かわずとも向こうから寄ってくることはある。また向かっているつもりはなくても出くわしてしまうこともある。それらは俺個人の選択ではないので回避することが難しい。もちろん俺の好みではない。

昨日のジム。ボディコンバットが終わってロッカールームに戻り、自分のロッカーへ。と、俺より前にそのエリアに男が一人いた。当たり前だ。女がいたら大変だ。俺が誤って女子のロッカールームに入っていたら変態として警察に突き出されるかもしれないし、男子ロッカールームに女がいたら喝采を浴びてしまうかもしれない。いずれにせよ男がいてよかった。

その南アジア系の若い男は服を着る方向の作業をしていた。シャワーを浴び終わって帰る準備というところなのだろう。鼻歌を歌っている。

俺は間違ってもそんな場所で鼻歌を歌ったりはできないが、周囲を気にするでもなく、そして上手い下手に関わらず歌っている人間は時々いる。あっち側の人間なのだろう。

俺は自分のロッカーを開け、バッグから着替えを取り出す。
隣で男は鼻歌を続けながら靴を持って椅子に腰かける。
俺は靴を脱いでバッグと一緒にロッカーに放り込んでからシャツを脱ぐ。

と、突然鼻歌が止んだ。何の気なしに視線をやる。と、なんと吸っているではないか。男が自分の靴の挿入口(であっているのか?)に鼻を充てて何度も何度もそこの空気を吸い込んでいるのだ。

ええええええっ
って思わずにはいられない俺の気持ちは十分に分かっていただけることと思う。

いや、いいよ。いい。いいのだ。
自分の靴だし、ちょっとどうかな、って鼻をつけて臭いを嗅いでみることもあっていい。でもである。そんなに吸い続けなくてもいいと思うのだ。何回吸う? 鼻、バカになってんのか? 人も見ているんだぞ。まあ人って言っても俺だけだけど、俺だけだとは言え、人が見てるんだぞ。え、まだ吸う?何回吸うん? いやもうやめな。ほんと、おかしいよ。

と、俺の渾身の念(日本語だが)が通じたのか男は吸うのをやめて靴を床に。
俺は何だか安心する。

しかし、ここでみなさんの想像通りのことが起こる。
そう、男はもう片方の靴を手に取ってそれを鼻に…。

俺はもう怖くなって急いてズボンを脱いで小走り気味にシャワールームへ向かった。

ほんとに、本当に、こういう怖いのは俺のところに寄ってこないでほしいのだ。どうかお願いします。

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