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振ってくれて、良かった

「24日何してんの?」
大学のときの友人からLINEが来た。
彼女はいつもツンとしていた。僕といる前だけ、自分を作るように。盛大にふざけて罵りあったあと、「兄弟みたいな関係なんだろな」と2人でニヤニヤして睨みあう。僕らはそんな、2人だった。男女だけど家に泊まり合って、お互いに好きな人が別でいて、それでも友達として仲が良くて。僕らはそんな関係だった。
そんな関係に酔ってた自分がいたのは、大学を卒業してから気づいた。

一度そういう関係になりかけた大学3年の夏。
3年で授業があまり被らなくて、久しぶりに会うと、変にお互いを意識した。
「授業終わり?」
「今からー。履修組むのミスったかもー。翔太は?」
「お前まだ履修も上手く組めないのか、大学1年の後期で大体できるようになるのよ!」
「でたでた、自分はできてますよってヤツね」
無理矢理ツンとする自分は置いておいて、彼女がツンとするのが妙に愛おしく思えた。
「今日はるかが飲もうって言ってたけど、翔太も来るでしょ?」
「んー、お前が行くならいかん」
「ウザ!」
「てか俺、今日彼女と会うから行けんわ」
「えー、彼氏と会うって言ってやめよっかなー、正直このメンツめんどいんだよねー」
このとき初めて、彼女に恋人ができたことを知った。
大切なものはいなくなると初めて大切に思う。
そんな矮小な言葉が、ピッタリと似合ってしまうほど、その時の僕は薄っぺらくて、青臭かった。
「じゃあ、もう俺と飲み行くか?」
面白くもない冗談を、動揺をかき消すために発した。
「彼女とあわんの?」
「彼女できてないわ!」
「だと思った」
彼女は目にシワを作ってニヤニヤした。笑うと浮き出る歯茎も、このときは愛おしかった。

この夜、僕は終電を逃して、彼女の家に行った。
1つの布団で横になった僕と彼女。彼女は僕の手を、一切拒もうとしなかった。
「兄弟みたいな関係なんだろうな」
2年前に僕が発して、2人で笑いあった言葉が頭の上を舞う。「魔が差した」という言葉では説明が付かない緊張感が、2人の距離にべっとりと張り付いた。
「やめとこ」
彼女が神妙な顔つきで声に出した。
酔った勢いでと説明が付くように、わざと寝息を出しで、僕はそっと手を枕の上で組んだ。

そうして僕らは、これ以来大学ですれ違う以外、会う事はなかった。

ーーーーーーーーー
大学を卒業して1年4ヶ月。
「24日何してんの?」
久しぶりに大学のときの男友達にLINEしてみた。
ようやく仕事に慣れてきて、まだ先輩といっても何も教えてもないけれど、後輩もできた。
もう社会人2年目。
その言葉だけで、なぜか大人になった気がした。不意に昔を懐かしむように、大学の時に仲良かった翔太にLINEした。
「空いてるけど、何?」
相変わらず翔太はツンとしていて、何も変わってなくて、より会いたくなった。

お互いもう最寄りでもなんでもないけど、昔を思い出すように明大前のハイボール1杯150円の居酒屋に、2人で行った。

「大学の時を思い出すとさ、こう、何ていうんだろ、良かったなって」
「思い返しちゃうとね、そうなるよねー」
「純粋に恋してたなーとか、思い出してさ、戻りたいかなって。」
「あたしのこと好きだったもんね?」
「お前の事じゃないわ」
文面にすると昔のままのやり取りだけど、どこか歯切れの悪い翔太。
「結局昔のこと知ってる人が一番なんだよな」
「なになに?」
「んー、気楽でさ、いいじゃん?」
多分翔太は「もう私達付き合うか!」って言ってほしかったのかな。
でも、ごめんね。もう彼と4年付き合ってるの。
「友達みたいな人がいいよなー、実際」
「もうあたしでいいじゃん!」って言ってほしいんでしょ。でもダメだよ、彼に今日は「帰ったらLINEしてね」って言われてるの。
「終電何時?」
前みたいに「終電って何?」って言ってほしいのかな。ごめんね、もう彼と将来のこと話してるの。

「終電は12時ぐらいだけどー。」
「じゃ、もうちょいか」
「笹塚まで来たらいいよ?」
私、分からなくなっちゃった。今日ぐらいはいいかなって。よくはないよね。でも、「私達友達だよね?」って、「朝まで何もなくいられるよね?」って、いくらでも翔太のせいにできる良い訳が頭の中でよぎった。
いや、友達じゃなくてもいいのかな、、、
もう翔太に任せようかなって、思った。

「笹塚は遠いわ!行かんわ!」
翔太が言ってくれた。
無理してないよね?強がってないよね?ホントは「笹塚行くわ!」って言いたかった?
気持ち悪い私のエゴが、鳥肌になって腕に現れた。

「じゃあ最後1杯飲んで帰ろ!」
「じゃあ俺ハイボール」
「私もハイボールでいいかな」
良かった、振ってくれて。
翔太が振ってくれて良かった。ありがとうね。


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