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良かった。渋谷はいつも通りだった。

「陰キャな人が好き!」
「了解。そんな振りする」
「ねーそれ違うからー!」
「いや俺もテニス部のときはね、、、」
「えテニスやってたの!?」
「えミキちゃんもやってたの?」
「えー!待って、何部だったと思う?」

良かった。渋谷はいつも通りだった。
どういう流れで一緒に飲みに来ているのか分からない、髭の生えた眼鏡のおじさんと、あからさまにボディタッチの多い女。
1分間に何回肩に触れられるか、説でも検証しているのかもしれない。

フラッと立ち寄った渋谷の居酒屋。
1人で飲んでみようとネットで調べた。
「渋谷 立ち飲み 安い」

新卒で今の会社に勤めて3週間。23歳の誕生日も先週迎えた。
入社して4日後、オフィスの壁に貼られた昨年の営業成績を写真に撮って「ブラックかもしれない…」とストーリーにあげた。大学の同期からイイねが沢山来て嬉しかった。
IT系の企業に入った友人は、もうプログラムを書いているらしい。パソコンの隣にレッドブルを起き「残業乙」ってストーリーに載せていた。コンサル企業に入った友人は、もう営業をしているらしい。「営業前に一服。」ストーリーで神田に立ち並ぶビルを背景に、ICOSイルマを片手にしてた。

なんだろう。コレジャナイ感。
給料よりもスキルを磨けると入社した今の会社は、思ったよりも単調だった。
「生涯通用する営業スキルを磨きたいから」と一年前に面接で言った言葉は、嘘じゃない。
でもなんだろう、コレジャナイ感。

考えはそりゃ変わるから、仕事の楽しさが分かるのは3年目からだから、今は転職が普通の時代だから、仕事なんてみんな嫌嫌やるから、就活せずに俳優目指したアイツよりマシだから、今やめたら流石に経歴に響くから、、、

田舎のばあちゃんが昨日、誕生日プレゼントを送ってくれた。レトルト食品の詰め合わせと、お小遣いの一万円札。封筒に書いてあったのは「人に優しくできる陽太くんでいてね。お仕事頑張ってください。」
どうしてばあちゃんは、手紙だといつも敬語なんだろう。読んで1秒でそんなことを思って、すぐに財布に一万円札をしまった。

今日は渋谷で久しぶりに友人と会って、会社の愚痴を語り合った。大学を卒業してからだから、もう一ヶ月以上あっていない友人だ。
「久しぶりだな、元気してたか?」
京王井の頭線渋谷駅の改札前、会って開口一番にわざと眉間にシワを寄せて言うと、ヒロトはエクボを作って「いや一!お前スーツ似合わねー!」と言った。
ヒロトは大学の同期だが、大学3年生で一年間シンガポールに留学してたから、今年はまだ4年生だった。
ビールとハイボールとレモンサワーの3杯で「もういいわ、明日早いし」と言った僕を見て、「大人になっちゃったねぇ」と言うヒロト。
別に馬鹿にされたわけでも、けなされたわけでもないが、耳が痛かった。お酒を飲んでも消えることはない、チクリとした痛み。喉に突っ掛った魚の骨みたいに。

ヒロトと解散して駅に向かう途中、立ち飲み居酒屋を見つけた。終電まで一時間半。看板に書かれたメニューの値段を眺めていると、頭にタオルを巻いた店主が声をかけてきた。
「いらっしゃい!一名様?」
店内に入るとそこにいたのは、僕以外にも一人で飲みに来た男性客がニ人と、どういう流れで飲みに来ることになったのかわからない、髭の生えた眼鏡のおじさんと、あからさまにボディタッチの多い女。
「ミキちゃん寿司食べたことないの?」
「だからー!スシロー行くって!」
「スシローは寿司じゃないからさぁ笑」
「えーじゃあないかも」
「今度連れてってあげようか〜?」
「奢り?笑」
「会社の金」
「ねー!ダメじゃーん!」

火曜日の22:56。
良かった。渋谷はいつも通りだった。
僕の知ってた渋谷だった。ヒロトとよく遊んでた渋谷のままだった。

二人の会話に気を取られていると、肘が小皿にぶつかって、餃子のタレをこぼした。
飛び散った餃子のタレは、先月買ったばかりの白いワイシャツに滲む。
おしぼりで拭いても拭いても、消えることはなくて、ただただ滲むだけだった。


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