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18.兄妹と襖

子供には開けるのも閉めるのも、
少し力のいる襖だった。

子供部屋の6畳和室と、
テレビの置かれた居間とを仕切る襖

大人のお話と、子供の眠りとを仕切る襖

クリーム色の戸襖で横に一本くすみ緑の帯が入っていた
23歳の今、子供時代を過ごしたあの平家を思い出すと
「あの家好きだったなぁ」としみじみ感じる。

果たして何歳頃の記憶だか、思い出されるものは
バラバラに散らばっているので、それぞれ時期が
はっきりとしてはいない……

小学生になると
上で眠るのが羨ましかった2段ベッドがなくなり、
その場所へ兄妹の勉強机が横並びに置かれた。

兄はナチュラルカラーの明るい机を選び。
妹は、こげ茶色のを選んだ。

いつも物が少なく綺麗だった兄の机に対して
妹は机の上を散らかすのが得意だった。

いや、散らかしていたつもりはなかったのだ
大切な宝物が増えるたびに、そばに飾っていったら
いつの間にかこげ茶の範囲が小さくなっていただけ。

ひとり暮らしの現在も、部屋中の壁や棚には
好きな画家の絵やコレクションしている絵本や、
お気に入りの映画のポスターや、レコード。
毎週金曜日に買ったお花を、
少しずつドライフラワーにして飾ったりと。

宝物で埋め尽くしている。
こげ茶の机の名残りである。


夜には押し入れからお布団を出して敷き、
6畳の和室で川の字になって眠った。

もう一本、線が多かった頃に、
2段ベッドがあった頃に、
どうやって眠っていたのかがどうしても思い出せない。

大人のお話と、子供の眠りとを仕切る襖は
いつも暗くて大きく見えて、開けたらいけない気がした
たまに隙間から細く、線のようにこぼれて入ってくる
居間の明かりは微かな希望に似ていた。

夏の夜は弱く冷房がかかっていて、
居間の方から聞こえる声にぼんやり起きると
いつも、緑の小さなエアコンの光を眺めた。

時々、「れなまだ起きてる?」と左隣の布団から
兄の声が聞こえる日があった。

妹は「うん、起きてるよ」と
起きている日は素直に、ひそひそ声で返事した。

返事をすると、兄は
「眠くなるまでしりとりしよう」と言って
遊んでくれたことがあったのを覚えている。

一度だけ、あの重たい襖をこっそりと少しだけ開けて
兄と2人で居間を覗いたことがある。

兄は「泣いちゃだめだよ」と言っていたけれど、
そう言われると何だか悲しい気持ちに支配されて
泣かずにはいられなかった。

伝染して兄も泣いた。

それからは、私たちは
子供の眠りを守る襖は開けなかった。


夜中のしりとりはいつも長く続かなかったけれど、
思い返してこれを書いていると
気付くことがたくさん。

兄はかっこよくて、すごく優しい

昨日は兄と久しぶりに短い電話をした。

2人の姪っ子が代わりばんこに「れなちゃーん!」と
受話器の向こうで元気にお喋りをしてくれた

離れて暮らしているのだけど、私の兄は
かっこいいお父さんになったんだな、と分かった。

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