神話の神々と民話の鬼たち〜蛇と龍の物語
まだ文字のなかった太古の時代より伝承される言い伝え、昔話や童話から、粘土板に記された叙事詩や英雄譚、聖典や聖書など文字で伝わる物語まで、さまざまな民族が継承する神話や民話といった物語が世界各地に存在します。そこには神や天使にはじまり、魔神や鬼神など悪魔の類い、半身半獣のキメラのような怪物から、巨人や雪男といったUMA、河童やアマビエなどの妖怪、鬼や天狗、式神や幽霊まで…多種多様なこの世ならざる生き物が登場します。
各地に伝わるこういう神話がどうやって生まれたかと言えば、その土地にあとからやってきて先の支配層を征服した勢力が、その土地と土着の民族を引き続き支配し隷属させるために、土着の伝承を程よく取り込みながら新しい英雄譚として流布したのが始まり。新たな支配層はそれまでの支配者たちを悪者として姿カタチも恐ろしい怪物に仕立て上げ、その怪物を退治した新しい支配者こそこの土地を統治するに相応しい神であると、それまでの神話に都合よく上書きして語り継いだ物語でした。
ギリシア神話のメドゥーサは、もともとは土着の地母神信仰の主神である女神でした。それが、ローマ帝国が征服していく過程でギリシア神話に飲み込まれ怪物にされました。同じギリシア神話の半人半馬のケンタウロスも、モデルはギリシア軍を苦しめた騎馬を自在に操り馬上から弓矢で攻撃する騎馬民族スキタイです。ケルト神話ではアイルランドに降臨(=侵攻)したダーナ神族(=渡来民族)が、土着の魔族(=先住民族フィルボルグ族)を討伐(=侵略)します。アーリア人のペルシア神話で、善神「アフラ・マズダ」が敵対する悪神「ダェーワ(Daēva)」の名前は英語の悪魔(Devil)の語源ですが、逆にアーリア人に侵攻されたインダス文明のヒンズー教側から見れば、インド神話の善神「デーヴァ(Deva=サンスクリット語で神の意)」は英語Divine(神性)の語源であり、敵対する悪神が「アフラ・マズダ」を語源とする「アスラ(阿修羅)」なのです。
日本の昔話にもさまざまな形で歴史の一端が語られています。西暦175年に大和へ侵攻した物部王国でしたが、当時有力な姫巫女(八咫烏太田胤彦の娘の百襲姫=第1の卑弥呼)を擁する大和勢に敗退します[倭国大乱の終息]。その時の経験から物部勢は西暦232年の再度の遠征では、南九州の豊王国の有力な姫巫女(豊玉姫=第2の卑弥呼)を擁し、さらに魏の後ろ盾(金印)も取り付け(豊王国はちょうど「帯方郡から一万二千余里」に位置する)、念願の大和進出を果たします[神武東征のモデル]。のちの時代の浦島太郎伝説に出てくる竜宮城の乙姫のモデルとなったのが、このとき物部王(イニエ・崇神)が娶った姫巫女の豊玉姫でした。
神話や民話に登場し人間と対峙する動物に蛇がいます。聖書に登場するアダムとイヴをそそのかした蛇は、人間に智慧の実であるリンゴを食べさせ智慧を授けた存在です。人間が知慧をつけることに怒って2人を楽園から追放した神と、智慧を授けて人間を自立させようとした蛇の、一体どちらが人間にとって有益な神だったと言えるでしょうか。知慧を持たず自ら思考せず、まるで家畜か奴隷のように何も考えず神の言うことをよく聞く人間ばかりを集めた楽園とは、果たして誰にとっての楽園なのでしょうか。
日本の八岐大蛇伝説はスサノオが大蛇を退治して英雄(=大王)となり、怪物(=前王)の尻尾から鉄の剣(草薙の剣=天皇の証)を取り出し(=略奪)新しい王として君臨する物語ですが、これは八つの支流(八岐)に分かれる出雲の斐伊川(大蛇)の出雲族を渡来民族(徐福族)が侵略した物語です。日本各地に伝わる鬼退治の物語も、その土地にあとからやってきて略奪した新勢力が作り上げた物語です。第二次出雲戦争(AD247)において、大和朝廷は新羅からの侵攻兵を播磨から追放した勢いで出雲領吉備を陥落させますが、この吉備国制圧の戦記が吉備団子でお馴染みの桃太郎伝説です。退治された鬼は侵攻された吉備国の王でした。大和朝廷に対抗する勢力の中には、古墳時代の遥か前より日本に居住し、毛唐と蔑まれたユダヤ民族の子孫もいました。鼻が高く赤ら顔という外見を持つ彼らは、山奥に棲息し子供をさらう怖ろしい天狗として語り継がれました。
北欧神話の雷神トールが闘う大蛇ヨルムンガンド、ドイツ叙事詩のジークフリート、インド神話のインドラによる大蛇ヴリトラ討伐も、八岐大蛇伝説同様に退治されるのは蛇ばかりです。エデンの園の蛇に限らず世界各地の神話において、大地と不死の象徴である蛇が洋の東西を問わず嫌われ者というのは興味深いところです。これは元は同じ一つの逸話の伝承が民族の移動(ディアスポラ)にともなって世界各地に拡散されたと考えられますが、手足のない身体で地面を這いつくばり、脱皮して成長し、長い胴体を獲物に巻きつけてじわじわとしめ殺し、大きな口を開けて丸呑みする蛇…その生態は人間から見た時にはあまりにも異質で、悪のイメージにうってつけだったのかもしれません。
インドでは人々が恐れた蛇(インドコブラ)とガンジス川の主のワニ(インドガビアル)が合体して龍となり、日本をはじめ東洋各地の神として広がりました。西洋では中世絵画の発展にともなって、聖書の蛇がより悪魔的に描写される過程で南海のトカゲと合体し、大きな翼を持ち太い脚で立つドラゴンへと進化しました。西洋で蛇から進化したドラゴンは神に対抗するサタンとしての地位を獲得し、角を持つ東洋の龍は日本民話で鬼として敵役に仕立てられました。
とかく悪者扱いされがちな蛇ですが、インドでは蛇は神の使いとして大切にされ、特に白蛇は弁財天の化身として大地豊穣の神、また芸能、音楽、蓄財の神として神聖視されました。ヘビは干支では巳と書きますが「巳」という文字の形は胎児つまり勾玉に通じ、太古より子孫繁栄や生命力の象徴でした。アステカ神話の〝羽の生えた蛇〟ケツァルコアトルやマヤ文明のククルカンは文化神、農耕神として崇拝されました。蛇はまた脱皮のたびに体表の傷が治癒していくさまから医療、治療、再生のシンボルにも使われました。ギリシア神話の名医の持つ「アスクレピオスの杖(蛇の絡みついた杖)」は、日本の救急車も含め世界各国の医療機関のシンボルマークに使われています。
蛇は多くの哺乳動物にとって本能的に避けたい対象として刷り込まれているようで、犬や猫などはひも状の物に対して非常に驚いた反射を見せます。しかし、動物とは違い理性を持つ人間だけは蛇を神聖視し信仰の対象にしたり、恐怖だけでなくその効能や良い面も捉えることができます。蛇を邪悪な存在と一方的に決めつけ毛嫌いすると偏ったバイアスに陥ります。ものごとを一方からの視点のみで善と悪、正と邪に対立させるのは、太古の昔からありふれた、支配層に都合のよい人民支配か分断統治の手法で、犠牲になるのはいつも被支配層の民衆なのです。何かの対立に巻き込まれそうになった時には視座を一つ上に上げ、高みから漁夫の利を狙っている支配者たちの思惑を見透かせる洞察力が必要です。
神や正義の象徴と対峙する邪悪な悪の象徴として、神話や中世絵画や民話に登場する西洋のドラゴンや日本の鬼や天狗たち。その一方で、インドの白蛇やアステカ文明のケツァルコアトル、出雲神話の龍蛇神のように神聖視され祀られる蛇や龍たち。常に勝者の歴史作家により脚色される善と悪の物語は、どちらが正義でどちらが悪と決めつけられません。人間の心の奥底に潜むエゴや欲望、見たくない邪悪な感情や汚れた心、その後ろめたさを封印するかのように、歴史上長く悪者扱いされてきた蛇や龍たちにこそ、そんな弱い人間の心を浄化して救ってくれる神の尊さを見出したいと思うのです。
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