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部の歴史に名前を刻めたことが誇りに(聖隷クリストファー高校OB 竹下楓介インタビュー)

野球だけで決めた進学先

――野球を始めたきっかけについて教えてください
 きっかけは2歳年上の兄が少年野球をやっていて、それについて行ったのがきっかけです。小学校1年生の冬頃に少年野球チームに入団しました。

――高校を選んだ決め手は何でしたか?
 高校では野球をしたかったので、野球だけで進学先を決めました。

基礎ノックで磨かれた持ち味の堅い守備

――ここからは高校に入学してからのお話に移っていきたいと思います。甲子園を目標としていた当時の思いや練習への姿勢について教えてください
 甲子園を目指す中で自分たちが頑張っていたのが、監督である上村先生についていくということでした。とにかく食らいついていく自分たちのできることというか、それが精一杯でした。

――上村監督のお名前が出ましたが、監督との印象に残るエピソードなどはありましたか?
 皆学生なので怖いという感覚もありましたが、この人について行けば間違いないという確信や信頼もありました。

――甲子園に向けての練習で印象に残るものなどはありましたか?
 練習は守備に力を入れていました。「基礎ノック」と言って普通のシートノックとは異なり、3か所に選手が分かれてノックを捕ってネットに送球するというメニューでした。普通の練習なのですが、そういったところが自分たちの守備の堅さの理由ではないかと思います。

感じていたモヤモヤも大会が始まればどこかに

――甲子園中止の第一報を知った時はどういった感情でしたか?
 自分も含めて皆ショックは受けていました。監督からは発表された直後に県優勝というのを新しい目標として、そこに向けてチームの士気を高めていこうという言葉を貰いました。

――そんな中で代替大会の開催が発表されましたが、発表を聞いたときはどんな心境でしたか?
 大会を開催してもらえるというのはありがたいことだなと感じました。率直に嬉しいなという気持ちが強かった半面、まだ甲子園はないのかという心残りというか、ちょっとまだモヤモヤは消えない感覚はありました。

――そういったモヤモヤした感情は大会が開幕してからはどう変化していきましたか?
 甲子園の中止が5月に発表されて、それからしばらくはモヤモヤした感情は消えませんでした。しかし大会が始まってしまえばもうやるだけだなという感覚になっていました。

――静岡県の大会は通常とは異なる7回制だったとのことですが、通常とは異なる試合ということで意識したことはありましたか?
 意識したことだと、先制点はかなり大事にしていました。回数が少ない分逆転という形が結構難しいと予想していたので、まず1点を取りに行くということに力を入れていたと思います。

8番から7番、6番と上がる打順と共に感じた手応え

――竹下さん個人では全試合で出塁し得点をあげられていましたが、個人の成績を振り返るとどうでしたか?
 自分としては100点以上かと思っています。そう思うのも元々自分はレギュラー選手ではなかったので、そんな中でいろいろなことが起きて、最終的に試合に出場して結果を残すことができたので、個人的には満足しています。

――打順の方も最初は8番でしたが7番に上がり、最終的には6番となりましたが、手応えなどはありましたか?
 そうですね。自分としては発表されたときに打順が上がっているのを見て、更にやろうという気持ちになりました。

――準決勝と決勝はダブルヘッダーでの開催でしたが、その際にチームメイトと掛け合った言葉や感じていたことなどはありましたか?
 これと言って変化はなかったですね。ここまで来て何かやるというようなことも自分たちの選択肢にはなくて、とにかく出し切るということしか考えていませんでした。

――決勝戦も勝利し野球部としては創部36年目での初優勝とのことですが、初優勝ということに何か思いはありましたか?
 聖隷クリストファー高校はバレーがずっと強いのですが、野球部はバレー部と並んで強化部活としてやってきました。ただなかなか結果を出せないという中で、自分たちが歴史の1つに名前を刻んだというか、そういった名誉あることを自分たちができたということは誇りを感じています。

――優勝後にエースの城西選手が「これで甲子園があったらなぁ……」と本音を漏らしていたという記事を見かけたのですが、優勝したけど甲子園がないということについて何か話したことはありましたか?
 大会が終わった後はホッとした気持ちと同時に、そういった気持ちは強かったですね。甲子園に出ていたらどこまで行けたかを勝手に予想するなど、皆の中に心残りがある発言もありました。

――優勝してから2年経った2022年に夏の県大会を竹下さんはスタンドで観戦されていたとのことですが、後輩たちの勝ち上がりをどういった風に見られていましたか?
 強いな、負けないチームだなと思いました。結果的にベスト4で終わりましたが、それまでの試合をほとんど見させてもらいました。守備の堅さが取り柄でありつつ、一打が出るというのが上村先生の野球の中で強いチームの特徴だと思っていて、それがまさにその代の野球だったので負けないチームだと感じました。

あの頃の感覚をもう一度

――この「あの夏を取り戻せ」というプロジェクトについて聞いたときはどう思いましたか?
 本当に嬉しかったですね。ずっと心のどこかで甲子園に行ってみたいなぁというのを思っていて、そういった話も引退して大学、社会人になってからもLINEグループなどでたまにしていました。そんな中でこの話が出たときは言葉にならないくらい嬉しかったですし、そうやって動いてくれている人がいることに感謝の心がありますね。

――当時のチームメイトの皆さんはこのプロジェクトの話を聞いてどういった反応でしたか?
 最初から皆が乗り気でしたね。絶対に出るというような感じでした。

――このプロジェクトでの目標について教えてください
 高校球児みたいにできるかは分かりませんが、あの頃みたいに自分達の野球をもう一回できたらなと思います。あの頃の感覚をもう一度味わうというのが目標ですね。

――最後に応援してくださってる方々へ意気込みをお願いします
 今回はこういった機会を与えてくださりありがとうございます。色々な方に応援していただいていると思いますが、自分達もそれに応えられるように頑張ります。
 頑張るぞ!


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