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未定

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タイトルは完結するまでお預けです。『風にさらわれた』と『好きだと言えたなら』の2枚が今回の引いたテーマカードになります。
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記事一覧

11話

ひぐらしが、鳴いていた。 夏の終わりのあの声が、どうしようもなく切なく、俺の耳に届いて、何故だか泣きそうになった。 ああ、そろそろ夏休みも終わるな。 夏休みに入ったばかりの頃、俺は瑠璃にデートに誘われた。もちろん断る理由もないのでその誘いを受けた。 デート、と言ってもそれは形だけで実際は夏の暑さに抵抗しながら街をフラフラしただけだった。 ……いや、もしかしたら瑠璃はもっと別のことをしたかったのかもしれない。 記憶を絞り出すように数週間前のあの日を思い出す。 瑠璃が言

10話

ーーパキッ 私の中で何かが割れる音がした。 ガラス玉を落としたような優しいものじゃない。 例えるなら、ペンを握り潰すようなものだ。 この3ヶ月 私は努力を重ねてきた。 星を掴むためにずっと積み上げていた。 お姉ちゃんに、あなたの好きな人になりたくて。 「そっか」 聞きたいことはたくさんあった。 言いたいことはたくさんあった。 でも、ようやく口に出来た言葉は小さな肯定だった。 現状を受け止められないまま、肯定するしかなかった。 「瑠璃は、瑠璃だから」 「

第9話

”羽衣”。 その人の名前を口に出すのは、本当に久しぶりだった。 彼女が俺の前から姿を消して、もう二度と会えないと知ってしまったその時から、俺は無意識に名前を口にしないようにしていた。 でも今から3ヶ月前のあの日、木陰で瑠璃に出会ってしまったから、俺は思い出を反芻するように”羽衣”を口にしてしまった。 瑠璃と出会って1ヶ月。瑠璃は何かに憑りつかれているかのように、日に日に羽衣に似ていった。 キャンパス内ですれ違うたびに、羽衣ではないかと俺を錯覚させる。 よく見たら顔の造形は何

第8話

人はどうして、遠くの誰かを思う時空を見上げるんだろう。 「瑠璃??」 あの時、光る風の中に微笑んでるお姉ちゃんを見た気がした。それはきっと成瀬さんも同じ。お姉ちゃんを求めすぎて幻覚まで見えるようになっちゃったんだろうか。 「瑠璃ってば!!!」 「痛い痛い、何用ですか、琴子ちゃん」 揺蕩う雲をひたすらに追いかけていた私の頬を、ようやく出来た友人が両サイドからこれでもかと引き伸ばしてくる。 「何用ですかって、中々斬新な日本語ね」 「そう?」 「日常生活じゃあまり聞

第7話

”会いたい”。 なんてそんな大それた願い事でも無いはずなのに、七夕でも、クリスマスでも、神社にいる神様でも、そんな俺の願いを叶えることなんて出来なかった。 「あなたは……」 胸が締め付けられそうなくらいに、思い出すだけで苦しくなる。 その人とそっくりなアイオライトの瞳が太陽に反射して、俺を捉えた。 ああ、もう……。 まるで走馬灯みたいに、あの人の記憶が溢れて止まらなくなって、 俺は――。 一番抱き締めたい人を抱き締めることのできなかったこの無力な両腕で、気が付けば目

第6話

腰掛けたベンチはほのかに温かく、頬を掠める風はまだ冷たさを残している。 遠く深海のように冷たい空を、まだ生き残っていたのかパステルピンクの花びらが宙を踊っている。 その景色が嫌に胸を締め付けるから、俺は瞳を閉じてミルクティーのカンカンを額に当てた。 俺の春は、花が咲く前に散った。 初めての学ランを俺が、あなたにいの一番に見せに家へ向かったあの日から、あなたは俺の前から姿を消した。 真実を教えられたのは、それからちょうど3年後の桜の匂いが心くすぐる季節の頃。 部活な

第5話

成瀬コウくんは、私の初恋の人だった。お姉ちゃんが死んでからふさぎこみがちだった私を変えてくれたのが、成瀬コウくんだった。 大学の入学式は、キャンパスに隣接されている大きな講堂で行われた。スーツに身を包んだ私の同期になる人たちはもう既に周囲と打ち解けていたりする人、私のように1人きりの人、入学式早々に睡眠に勤しむ人などさまざまな人がいた。退屈な学園長の長い話を聞きながら、茫然とその時間を過ごした。 入学式が終わってからはあっという間で、気が付いたら日々の講義が始まっていて、

第4話

青い匂いに包まれた雑木林を俺は必死に走っていた。 「待って」 人が通る道なんてない。 草木を掻き分けて 背中すら見えなくなった少女を追いかける。 「遅いよ、成瀬!」 降り注ぐ蝉時雨をすり抜けて届く、鈴のような声。 その持ち主をひと目見ようと視界を回す。 「羽衣(うい)が早いんだよ」 見つからない。 見つからない。 君はいつもそうだ。俺を置いていく。 ジリジリとした陽射しが、葉の間をすり抜けて俺の頬を焼く。かと思えば、風が優しく額の汗を拭ってくれるから、神様は優し

第3話

私のお姉ちゃんは本当に、太陽みたいな人だった。 笑顔が可愛くて、仕草も上品で。姉妹なのに全然私と違う。私は逆に独りきりじゃ何もできなくて、いつも誰かの後ろに隠れているようなそんな人間だった。 私はお姉ちゃんに憧れてた。 だけどお姉ちゃんは、時折悲しそうな顔で笑っていた。どうしてそんな風に笑うのか、私には全然わからなくて、それを知ったのは、 お姉ちゃんが死んでからだった。 私の大好きな笑顔で笑うお姉ちゃんの写真が、色とりどりの花で囲まれているのに、私は真っ黒な服を着てただ茫

第2話

もしも、二度と会えないと思っていた人と再び巡り会えてしまったら、終わらせたはずの想いが息を吹き返して、私は歩き方を忘れてしまうと思う。 「さむ……」 水を払う猫のように身を震わせた彼の吐息に、私は手を伸ばす。白みを帯びた空気は、指をすり抜けて空へと消えた。 「キレイ」 夜空に輝く小さな点たち。とても近くに見えて、手が届きそうで。でもどこか遠くて、触れられそうにない不思議な感覚。まるで、彼ように。 ガチャンッーー 鍵が閉まる音が、私が星空に惚けていたことを教えてくれた。慌て

第1話

もしも、俺の大切な人が俺の目の前から永遠に消えてしまったとしたら、俺はそれを色鮮やかな思い出のまま美化して、一生前に進めなくなると思う。 「さむ……」 外の空気に触れただけで凍えてしまいそうなほど寒い日だった。俺の口にした小さな呟きは白色に染まって空気の中へと溶け込んでいった。 今日俺は、俺の意思で、好きな人を好きでいることを辞めようと思う。 玄関のガキを閉めたところで、コートのポケットの携帯が震える。 今日これから会う人物からの確認の連絡だった。俺はそのメッセージに一