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第2話

もしも、二度と会えないと思っていた人と再び巡り会えてしまったら、終わらせたはずの想いが息を吹き返して、私は歩き方を忘れてしまうと思う。


「さむ……」
水を払う猫のように身を震わせた彼の吐息に、私は手を伸ばす。白みを帯びた空気は、指をすり抜けて空へと消えた。
「キレイ」
夜空に輝く小さな点たち。とても近くに見えて、手が届きそうで。でもどこか遠くて、触れられそうにない不思議な感覚。まるで、彼ように。

ガチャンッーー
鍵が閉まる音が、私が星空に惚けていたことを教えてくれた。慌てて、遠くなった彼の背中を追いかける。
駅に向かう途中、彼は何度も産まれたての子鹿のように体を震わせてはため息を零していた。
「寒い。無理。死ぬ!」
なんて思っているんだろうなと想像して、思わず笑みが零れる。

私は幸せなのかな?
どうして、私がここにいるのか。それすら分からないままもう何年になるんだろう。
でも、確かなことは私が彼の傍に来てから1度も笑った顔を見れていないということ。
そうーー
私が好きだった優しい微笑みはもうそこにはない。

電車が小さく跳ねる。
窓の外は少しずつクリスマスカラーに変わっていき、都心が近いことを仄めかす。

彼に私の声は届かない。きっと姿も。
もう一度彼と話したいのかな? ううん、私はただ彼に笑って欲しいんだ。ただ幸せになって欲しいだけなんだ。

改札を抜けた彼は、帰宅を急ぐ人やデートに向かう人たちの往来が良く見える案内板の前と向かう。ここが彼の"いつもの"待ち合わせ場所。
「懐かしいね」
私の息は白くならないようで。
見上げた空はどこか霞んで見えた。

「おまたせ、しました」
私のお腹から声がする。
視線を落とすと、そこには彼の袖を引く"女の子らしい"格好をした子が立っていた。
恥ずかしそうに笑う彼女に、可愛いねと微笑み返す彼の笑顔は、どこか何かを誤魔化しているかのようで。
「成瀬、くんも、かっこいい」
右耳に髪の毛を掛けながら、少女は小さく笑う。
彼女の返しに、彼が一瞬キョトンとした顔をした。かわいい。でも、すぐいつもの笑顔に戻し、ありがとうと答えて、手を差し出す。

一瞬だけ以前の彼の顔が見れたような気がして彼の正面へと回り込むも、面影は白息のように静かに消えていた。

彼はこれからクリスマスデート。
ずっと仲良くしていた女の子と恋仲に進展する気なのかも知れない。

それでいい。そっと私は微笑む。
頑張れと。踏み出せと。進んでと。
「え?」
彼と目が合ったような感じがして、思わず驚いた。何かを決意したような眼差しが私の瞳をしっかりと捉えているようなそんな気がした。

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