第8話
人はどうして、遠くの誰かを思う時空を見上げるんだろう。
「瑠璃??」
あの時、光る風の中に微笑んでるお姉ちゃんを見た気がした。それはきっと成瀬さんも同じ。お姉ちゃんを求めすぎて幻覚まで見えるようになっちゃったんだろうか。
「瑠璃ってば!!!」
「痛い痛い、何用ですか、琴子ちゃん」
揺蕩う雲をひたすらに追いかけていた私の頬を、ようやく出来た友人が両サイドからこれでもかと引き伸ばしてくる。
「何用ですかって、中々斬新な日本語ね」
「そう?」
「日常生活じゃあまり聞かないわ」
「それで、講義中に」
ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、私はある異変に気づいて言葉を止めた。
「講義中も何も」
それは、この講義室にはもう私と琴子ちゃん以外いないのだ。
「もう終わってるのに、いつまで経っても窓の外をポケーっと眺めてる能天気な女の子に呼びに来てあげたのよ、感謝してよね」
「私、90分空見てたの…えぇ」
「え、あんた今日1日空眺めてたの? なに、もしかして、恋??」
「そんなんじゃないよ! もう、ご飯行こう」
琴子ちゃんは色恋沙汰の話になると、水を得た魚のように元気になる。そして、詰問する傾向が強いので私、その場から逃げることを選んだ。
恋ではない。それでも、問い詰められたくない。聞かれたくない。知りたくない。そんな焦りが私をご飯へと駆り立てた。
成瀬さんに会ってから1ヶ月。きっとあの人もお姉ちゃんを追いかけて。大学に入った。わざわざ田舎から都会にまで探しにきた。
「あ、琴子ちゃん。トイレ寄っていい?」
「私も行く〜」
ずっとお姉ちゃんを追いかけてきたんだろうか?そう考えると凄いことだと思う。だけど、どうしてか心がしゅんと悲しくなるの感じた。
「は〜スッキリした〜」
「ちょっと琴子ちゃん」
お腹をさすりながら、個室から出てくる姿が熟年のおじいさんのようで思わず突っ込んでしまった。
2人並んで、蛇口を捻る。
向かいの鏡には、栗色のセミロングヘアーに透き通るような白い肌をした菫色の瞳を持った女の子の姿が映った。お姉ちゃんと瓜二つの姿。
正直、顔の細部はあまり似てない。鼻の高さ、口角の上がり方、目の大きさ。でも、メイクがある。だから、この1ヶ月努力して、お姉ちゃんに近づいた。
「さて、ご飯だご飯」
鼻歌交じりに歩く友人の手によって、中庭への扉が開かれる。
吹き込む風は熱を帯び、濃い夏草の青々とした匂いを校舎内に持ち込んでくる。躍動の季節とも呼ばれる夏が、今年もやってくる。
お弁当の半分をお腹の中へとしまい込んだ私は、卵焼きをつまみながら琴子ちゃんにふと湧いた質問をぶつけた。
お姉ちゃんになると決めてはや1ヶ月。試行錯誤しながら、私が知る羽衣という人物を再現した。その結果、友人が出来、少なからず男友だちも出来た。
でも、その始まりは『お姉ちゃんが好きな人』に出会ったこと。そしてその人も『お姉ちゃんが好きな人』。だから
「好きな人がいる人って、どうしたら好きになってくれるかな?」
そんな疑問が私の中にずっとあった。
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