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11話


ひぐらしが、鳴いていた。
夏の終わりのあの声が、どうしようもなく切なく、俺の耳に届いて、何故だか泣きそうになった。

ああ、そろそろ夏休みも終わるな。

夏休みに入ったばかりの頃、俺は瑠璃にデートに誘われた。もちろん断る理由もないのでその誘いを受けた。
デート、と言ってもそれは形だけで実際は夏の暑さに抵抗しながら街をフラフラしただけだった。

……いや、もしかしたら瑠璃はもっと別のことをしたかったのかもしれない。

記憶を絞り出すように数週間前のあの日を思い出す。


瑠璃が言わんとしていたことは、理解したつもりだった。
彼女はきっと、俺が羽衣に好意を寄せていたことを知っていて、''俺のことを気遣って''羽衣の代わりになろうとしていたんだろう。
そんな瑠璃を否定した俺に対して瑠璃は「大丈夫」と、自分に言い聞かせるかのように口にして、歪な笑顔を俺に向けた。
傷つけるつもりはなくて、他意はなくて、
ただ、瑠璃に羽衣の代わりは無理で、瑠璃は瑠璃だってことを知ってほしかっただけだった。

その後も俺がどんな言葉をかけても瑠璃はうわの空でまるで聞いていなかった。

「瑠璃?大丈夫?」
「っ……え?」
「いや、ボーッとしてたから」
「うん」

瑠璃は俺と目を合わせようとはしなかった。
気まずそうに逸らしている、というよりは俺の顔なんか見たくないという空気感が伝わってくる。

「帰るか?」
「…………うん」

街をフラフラと数時間。
瑠璃との間に流れる雰囲気に耐えられなくなった俺は、自身の都合のために、瑠璃を心配するフリをして帰宅を提案した。
瑠璃は少し悩むような素振りを見せたが俺の提案に頷き、帰路についた。


瑠璃の家の前までくると瑠璃は俺に見向きもせずに家の門を通り玄関のドアノブに手をかけた。

「瑠璃」
「…………」
「ごめん」
「…………何が」
「いや、機嫌損ねちゃって」

もっと上手い言葉があったはずなのに、見つからなかった。

「…………謝る理由が明確じゃないなら謝らなくていいよ。成瀬くんは悪くないから。悪いのは、全部私」

瑠璃はその言葉だけを残して家の中へ入っていった。

瑠璃の言葉の意味を明確に理解することはできず、俺も帰路につき、その日はシャワーも浴びずにベッドの上で睡魔に襲われるのを待った。

瑠璃は悪くないと、すぐに言葉を紡げなかったのは、その後に俺の落ち度を問いただされた場合にする言い訳すら浮かばなかったからかもしれない。



ひぐらしが、泣いていた。
その声はだんだんと小さくなり、聞こえなくなった。




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