見出し画像

第1話

もしも、俺の大切な人が俺の目の前から永遠に消えてしまったとしたら、俺はそれを色鮮やかな思い出のまま美化して、一生前に進めなくなると思う。



「さむ……」
外の空気に触れただけで凍えてしまいそうなほど寒い日だった。俺の口にした小さな呟きは白色に染まって空気の中へと溶け込んでいった。

今日俺は、俺の意思で、好きな人を好きでいることを辞めようと思う。

玄関のガキを閉めたところで、コートのポケットの携帯が震える。
今日これから会う人物からの確認の連絡だった。俺はそのメッセージに一言だけ返して画面を落とす。
「はあ」
――12月24日
今年の東京は、これでもかというくらい寒かった。
自宅アパートから最寄り駅へ向かうまでも寒さで死んでしまいそうだった。

俺はどうして――、
どうして、こんなに一生懸命にあの人のことを忘れようとしているんだろう。

電車の車窓から見える景色は、都心へと近づくと共に煩いくらいに光り輝くイルミネーションに変わっていった。
待ち合わせの駅で降りて、待ち合わせの場所についたところで、待ち合わせをしている人物に連絡を入れる。
それから少しの間目の前を行き交う人をぼーっと眺めていると、コートの袖を控えめに引かれた。
「おまたせ、しました」
俺と目が合うなり照れたように笑う彼女は、実に''女の子らしい''服装をしていた。
「大丈夫だよ。可愛いね」
たぶん。
最後に付け加えようとした一言を心の奥にしまいこんで、彼女に笑顔むけた。
「成瀬、くんも、かっこいい」
控えめに笑って、彼女は右耳に自身の髪の毛をかける。
俺は、そんなに変わってないと思うけど。
頭からつま先までちゃんと俺のためにオシャレをしてくれた君には敵わないよ。
「ありがとう、じゃあ、行こうか」
右手を差し出すと、彼女はぎこちなく左手を俺の手に添えた。

俺達はまだカップルではないけど、きっと今日そうなるから。
あの人への好きと、愛してるを押し殺して、俺は今日から彼女のことを好きになるから。

だから、だからもう。
俺の前で泣きそうな顔で笑うのはやめてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?