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薄皮たい焼きのキス、放課後の帰り道にて

 疲れたから、学校の帰りに甘いものを食べて帰ろう。どちらかと言えば甘いものが苦手なはずの、あなたが言い出したことだった。

 何を食べようか、クレープか、シュークリームか、ソフトクリームか、ケーキか、あんみつか。月末のお小遣いと相談した結果として、わたしたちは、あまりきれいな店構えとは言えない、近所のたい焼き屋を選んだのだった。

 昔からあるそのお店は、のれんがいい感じに煤けていて、店の奥は雑然としているけれども、調理場はきれいにされていて、なにしろ、たい焼きを焼くプレートはぴかぴかなのだ。何歳かわからないほど歳をとったおじいさんが、見事な手付きで薄皮を焼き手早く餡を載せ、ぱたんと閉じあわせては、甘い魚がぽろぽろと産まれるのを、飽きることなく眺めていた。

 薄皮たい焼きは粒あんがいい。でもクリームも食べたい。夕方に2つも食べたら晩ごはんが食べられなくなる。だから、はんぶんこすることにした。粒あんをはんぶん、クリームをはんぶん。量は半分だけれど、美味しさは変わらない。むしろ、2つの味が楽しめて、美味しさは2倍になったのだ。

 あなたと分け合うことが嬉しい。不格好に分けられたたい焼きはどちらが大きいかを議論するのが楽しい。頭派としっぽ派に別れて争うのも楽しい。はじっこのカリカリが楽しい。

 はんぶんこにして分け合えば、楽しみも、嬉しさも、何倍にもなる。春の日はまだ冷えた風が吹くけれど、薄皮たい焼きは温かい。2つに割った2つの味をわたしたちは掌に大事に包んで、ぱくついた。

 ごちそうさま。

 あなたの唇にクリームがついているのが気になって仕方がない。つい、指先でその塊を摘んで、そっと拭う。指先についたクリームを、いつものように何気なくぺろりと自分で舐めて、ふと、我に返ってその意味に気がついて、自らの顔が少し火照るのを感じていた。あなたはそれを、さも当然のように、ありがとうと言って笑う。

 恋はいつも何気ない日常から始まる。もう、それはとっくの昔に始まっていたのだと、あなたの唇に触れた時に、理解した。指先に残るたい焼きの薄皮の暖かさ。クリームの甘さと、バニラエッセンスの匂い。唇の柔らかさ。いつの日か、あなたと時間と感覚を共にして、はんぶんこできたら。喜びは倍になって、悲しみは半分になるだろう。

 あなたとだから、そうしたいのだ。この先の帰り道の、夕暮れの光の、歩みの中で。

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