【ホール】恐いのは、自分の過去
「過去は変えられないけれど、未来は変えられる」
という言葉がある。
過去にしてしまったことは、やりなおすことができない。
起きてしまったことは、なかったことにできない。
だから、そのことにとらわれて悩んだり、悔やんだりし続けるよりも、
これから先の未来に目を向けよう。
未来に向けた行動は、自分の意思で変えられるという考えだ。
モチベーションを高めたい時に、使いたい言葉だと思う。
しかし、変えられない過去が、未来に響いてくることがある。
小説「ホール」(ピョン・へヨン著、カン・バンファ訳)は、
読者に、自分自身の過去へ目を向けさせる作品だ。
主人公の大学教授オギは、妻と旅行中に交通事故に遭う。
目が覚めると、そこは病室で、身体を自由に動かすことができない。
言葉をうまく話すこともできず、かろうじて目の瞬きで、「はい」「いいえ」の意思表示ができる状態だ。
妻は、事故死してしまったらしい。
唯一の肉親は、妻の母親である義母だ。
退院して自宅で療養することになったオギと、介護をする義母。
義母は、オギの退職届を出し、家に出入りしていたヘルパーも解雇してしまう。
義母にとって娘である妻は、かけがえのない存在だった。その娘は、細かいこともメモにとっておく性格で、オギのことについて書き残したものがあるようだ。しかし、身体が不自由なオギはそれを探したり、確認することはできない。
オギと義母、密室のような自宅で2人きりの生活が続く。
息苦しさが増していく日々。
その中で、オギがこれまでどのような人生を過ごしてきたか。
妻とのなれそめや、夫婦の間でどのようなやりとりがあったのかが、
しだいに明らかにされていく。
誰にでも、他人を傷つけてしまったり、小さな嘘をついたり、ごまかしたりした経験はあるのではないか。
そのことが後になって、自分の人生の「落とし穴」となるようなことに繋がることもあるなど考えもせず、忘れてしまっていることが多いのではないだろうか。
一番怖いのは、自分の過去の過ちに気が付かないで生きていることかもしれない。自分の胸に手を当てて、人生を振り返り、反省すべき点を探しておくことが大切な気もしてきた。