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祈りのカクテル.3


 私が二十七歳のとき、ずっと勤めていた会社が倒産した。

 高校を三年生の後期に退学してから九年間勤めていた、大きな工場を抱えた地元では有名な会社だった。

 今会社の倒産の経緯について、詳しく触れることはしない。今ここで事細かに事情を説明すれば、あまりにも長い話になってしまうからだ。

 ただ、簡潔に一言でいうならば、社長が失踪したからだ。後に山奥で首を吊っていたところを発見された。

 幸い会社が倒産しても、直ぐに親戚伝いで似たような仕事を見つけることが出来た。しかし、入社時期が三か月後ということになり、私は暇な時間を持て余すようになった。

 本物の自由、空白の時間を手に入れて、私はのたうち回った。


『海で鉄球を足に括り付けられて泳ぐ人』
  ———私は当時、自身のことをそう形容していた。

 何をやっても上手くいかず、人が当然のように出来ることをするだけで瀕死状態にまで追い込まれる。極めつけには、無様に泳いでいる姿を見て船に乗っている普通な人達から石を投げられる。

 それが私の人生を表すものだった。

 私は一度、その絶望の淵で溺れ死にそうになったことがあった。

 今は回復している。

 毎日を健康的に生活するための栄養や睡眠、運動の管理も出来るようになったし、適切に自身のキャパシティーを超えるものは手放せるようになった。

 今は毎日が充実している。至って幸せだ。だから、今になって、この文章を書けるようになったのではないかと思う。

 私は、自身の人生を克服するために、弱さを味方につけるために、作家になった。そのときの私には、文章ぐらいしか残っていなかったからだ。

 私は以前勤めていた工場を去ってから、親戚の伝いで出版社に勤めることになった。そこで『本を書く』ということの魅力に心奪われることになった。

 編集者として癖のある作家達と作品を構想する段階から世に届ける段階まで共に歩み、自身も何か書きたいと思うようになった。

 これは自身のキャリアとして五年目の節目となる作品だ。私は、『性愛』についての作品を書きたいと、ずっと思っていた。

 官能小説を書くという意味ではなく、あくまで自身の生活の構成要素の一つとして、欠かすことが出来ない物事として真剣に向き合った作品を書きたいと思っていたのだ。

 大抵の物事は、性愛について、深く理解し受け入れるだけで、解決するのではないかと私は思う。思い返すと、奇跡的な出会いだった。私は彼と出会って、もう一度生まれ変わったと言っても、過言ではないと思う。

 性愛について語ることは、なぜかタブー視されている。

 性愛に限らず、生や死について、個人的な過去のトラウマについてなど、人間の奥深くに存在している根源的なテーマについて、深く語ることは慎重を期する様になっている。

 確かに、何か深いテーマについて話すには、それなりの教養や語る相手との信頼関係、人を排他しない受容能力など、想像しているよりも高度な能力が必要とされる。能力というよりも、マナーというべきか。

 根源的テーマについて深く語ることが『できる』人達は、少ないように思う。深く思考することが良いことだとは思わないが、表面的なものを取り繕うだけでは生きていけないときが、稀にある。そういった状況に陥ったとき、人はのたうち回るしかなくなる。

 だから、思考という武器をしっかりと身につけなければならない。

 しかし、人々は年々、深刻な視野狭窄にハマっていってしまっている気がする。自身が生き物であるということを忘れ、綺麗なものしか目に映らなくなっている。

 例えば、食卓に並ぶ食材がどのように育てられ、輸送され、調理されてテーブルに並んでいるのか、人々は知らない。

 屠殺の際に生き物が発する断末魔を知らない。だから、食べ物も粗末にすれば自然も平気で破壊する。どんどん自然界から離れていく。
 
 自身の内側とは全く関係のない、外在化された表面上の物事について、人々はあまりにも長い時間触れていなければならない。人々は疲弊するに決まっている。

 望んでいるものは、そこまで大きくないし、生身の人間が生物的に欲しているものと、社会性を纏った人が望んでいる(様に見える)ものは全く異なっているからだ。

 それでも弱さを抱えた当時の私は、また目の前の現実に耐えられなくなった。そのとき、私はまた酒に頼った。

 私は変なお酒の飲み方をして泥酔するようなことはしない。

 でも、どうしても受け入れられない物事が襲ってきたとき、私は一時的なシェルターとして、アルコールによる酩酊状態を欲していた。あくまで健康的な、ぼんやりとした陶酔。

 私は懐かしの店を訪れることにした。



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