幸福の形
「堕ちるところまで、堕ちたなあ──」
低い、地の底から響くような声が聞こえた。幻聴だ。その声を紛らわすように、僕は暗い森の中を、息を切らしてひたすら歩く。
僕は人を殺した。本当に、堕ちるところまで堕ちているのだ。
たった一人の大事な人を、ゴミみたいな通り魔に殺された。しかし捕まった犯人は、精神がおかしいとかで守られた。理不尽だ。法が裁いてくれないのなら、自分でやるしかないだろう。
家族とは、ずいぶん昔に縁を切った。いらないと言われる前に、こちらから消えてやった。それ以来、僕は天涯孤独の道を進んだ。
大切にされたいと、心のどこかで夢見ていた。しかし、いつしかそんな夢を見ていたことも忘れてしまった。一人で生きていくのに必死だった。
たった一人の人と出会ってからは、二人で助け合って生きてきた。僕達は、同志であり、親友であり、家族だった。やっと、忘れていた夢を見れたと思った。
そうしたら今度は、大切な人も、そして、大切にされる資格すらも失ってしまった。いくら憎い犯罪者でも、愛する人の仇でも、人を殺したのだ。自分の手を血に染めると決めたとき、僕は全てを手放した。
深い深い森の中。さわさわと歓迎の囁きが聞こえる。
僕は愛する人の遺骨を呑み込み、囁きに耳をすませた。そして、一言小さく呟くと、首のロープに体を預けた。
「この浅ましい世界に、幸あれ」
了
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