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妊娠してお腹が大きくなっても、結婚前の顔合わせができなかった話②



こんにちは。シングルマザーのれいこです。
続きです。

ご両親に挨拶をすることはできた私。思っていたよりウェルカムな空気。どういうことだろう。




まあ、あとはうちの両親と挨拶をすれば
ことは終わる。


長かった、と思ったところから
びっくりな事実を知ることになります。



両家顔合わせの時がやってきた



そしてやってきた両家顔合わせ。この日を待ち望んでました。妊娠が分かったのも遅かったので、私のお腹はもうだいぶ大きくなっていて。


周りからは「スイカみたいだねえ」なんて
言われてる頃でした。



場所はホテル内の日本料理のお店。



こんなとこ来たことないし、親と言う名の大人達がいっぱい来るの、緊張します。けど自分も親になるんだし「ちゃんとしないと!」と気を張ります。



18時から顔合わせの予定でしたが、
ここでトラブルが発生します。



私がホテルの名前を勘違いしてしまい、似た違うホテルの名前を親に伝えてしまっていました。「ごめん、ホテル間違ってた、すぐ近くなんだけどこっちへ来て」と急いで連絡。




電話の先で「あんたっていっつもそうなんだからね」と母は怒り口調です。



連絡をした頃には彼のご両親はもう見えていて、座らずに立って待っています。うちの両親は遅れてくる。



いたたまれなくて「お掛けください」と事情を説明し何度か促したけど、立ったままだった。
それがまた非常に申し訳なかった。




予定時刻の5分ほど過ぎた頃に両親が到着。


到着してすぐ母から怒られる。
そんな母を気にせず、父は黙って進んでいった。



大事な場面で場所を伝え間違えるだなんて最悪すぎる。何度も確認して伝えたけど、確認する場所が間違っていた…。本当に昔から、同じようなミスをしてしまう。自己嫌悪でいっぱいだった。




けど揃ったので顔合わせが始まります。

私は固まっている。母が遅れてすいません、と腰を低くし、謝りました。お義父さんは気分が上々な様子で「まあまあ呑みましょう」と父に促した。父は少し嫌そうにしていたが、黙って受け入れます。




お義父さんは続けて
「いやぁうちもびっくりしてね。なんせ
4日前に聞いたもんですから。ハッハッハ




????????????????????????
うちに挨拶に来たの、数ヶ月前だな・・。



隣で聞いていたお義母さんが「こんなにお腹が大きくなるまで挨拶もなく、お母さん心配だったでしょう。すいません」とうちの母に謝った。状況が飲み込めないのはきっと私だけではなかった。




4日前がどうも引っかかる私たち一家。どう考えても話が噛み合わない。突っついて聞いたりはできなかった。不機嫌だった父は変わらず不機嫌でした。



お義父さんが揚々と「いやぁ〜孫の顔が見れるなんて思ってもいなかったもんでねえ。縁がないものだと思っていましたから。初孫、嬉しいもんじゃないですか。」と父に話しかける。

父は「いや・・別に・・」と会話を終わらせた。




続けて年齢や仕事の話を揚々と振り続けるお義父さん。なんだかんだ少しずつ、打ち解けていく。




そんな姿を横目で見ていた彼の家族が驚いている。上機嫌なのは珍しいことみたいでした。



場が進んでいくに連れて怒っていた母も酒が入りいつもの調子になっていた。酒が入るとよく喋る。「本当うちの子、昔っからそそっかしくて・・ご迷惑かけると思うんですけど大丈夫ですか?」と笑いながら義母へ投げかける。





ああ、私は「できない子」として育てられたんだよなあ、と寂しくなった。実際何かしたわけでもないし何もできなかった。黙って聞いてるしかできない。




「結婚」「妊娠」。喜ばしいことのはず。幸せでいっぱいで、新しい命を待ちわびる時間は尊い。私も間違いなくそこに幸せを感じたし、覚悟も決めたつもりだった。



でも、気持ちを誤魔化して前に進めることはなく、その証拠と言わんばかりに私は妊娠してから気分が落ち込むことが多かった。




まあ、籍も入れたし、喜んでたしいいか



会が終わってからはドッと疲れたようで、気が抜けた。私はお義父さんの4日前って単語が気になったけど、まあもう終わったことだし、あとは出産するだけです。


これからの生活をがんばるだけだ。
けど違う事実も知ることになる。



出産してから、バタバタと過ぎる日々



それから子どもが生まれて本当にドタバタでした。


気が張って仕方がなかった。泣き止まないのでとりあえず授乳。実家に里帰りしていたので旦那になった彼は週末に家へ来ていた。けど、仕事が忙しいらしく、家に来ても寝ていた。




私よりもずっと寝ていた。そんな彼を見て母が「れいこの方が寝れてないのに・・」と勝手に怒り出してしまったので「本人は本人でいっぱいいっぱいなんだと思うよ」とフォローした。




本当は私の方がそう思っていたけれど、他人が自分より強い気持ちで怒ってしまうと、私はもう怒れない。負の連鎖が始まってしまうからだ。



でも、仕方ない。
目の前のことをやるしかない。



???義家族は、同じ市内に住んでいる???


子どもが生まれたので義両親が実家まで会いに来る、とのことでした。でも遠方で5時間かかる距離に住んでいるはず。入院中も来ていたし、その2週間後の出来事。頻繁。大変じゃないのかな?




そして彼のことで気になることがあり、義母に連絡をしてみたら同じ市に住んでいるということを知らされます。



しかも私の家の最寄駅から電車1本でいける。なんと乗車時間15分足らず。5時間の距離が15分に変わるミラクルが起きる。どこでもドアの試作品だろうか。



お義母さんたちが同じ市に引っ越してきてからは4年経っているという。うそ、そんなことある?とちょっと笑いつつも、目の前の現実に驚いていました。




そして一時期は一緒に住んでいたらしい。ワオ。
あれだけご両親は遠方に住んでる設定だったのに・・そんなことってあるかい・・15分って人によって体感時間が違うのかな?と逆に自分を疑うくらいでした。



顔合わせができないのは遠くに住んでるからってのも嘘だし、そもそもご両親が連絡を返さなかったってのも嘘。彼が報告をしてなかっただけの話だった。




「だから言ったじゃん」と言いたくなる気持ちはわかる



つらつらと書き綴ってきたんですが、なんと同じ市に住んでました!ミラクル!ってことではなくて、普通の感覚をしていたらこの1件で「そいつはやめとけ」って思いそうなもんなんですけど。



私は「私がこの人を信じないと、誰もこの人を信じない」と使命感にも似た気持ちを持っていました。そんなウソをついてしまう人なら精神衛生上すぐ離れた方が良さそうなのに、逆に「かわいそう」だと思ってしまうくらい。




この時、相手に依存していました。いくら傷ついても「私が支えなきゃ」と思ってしまっていたんです。本当に離れるのが難しいんですよね。


けど気持ちが離れないので、傷ついて学んでいくしかなかったんです。少なくとも私は昔から頭で理解して行動できるような賢い子ではなかったので、失敗からでしか学べません。悲しいですが。



その後「もうこんな結婚生活いや!」と思って別居を決めたんですけど、相手が変わってくれることに期待して、結局その後も傷いてしまいました。



失敗からしか学べませんが、もう同じ轍を踏みたくないので依存症に関する本を読み漁りました。恋愛依存やアルコール依存など(よくお酒を飲む人だったので)。




そこで私にも依存してしまう種があったんだなと自覚することができました。



生き方のクセがあるので無意識に生きてると、また私は誰かに依存してしまうんだと思います。



けれど、一つずつ自分の気持ちに気づいて、受け入れる意識をして、こうして文字として少しずつ自分の内面をさらけ出していって。



そうやって誰かの視線を入れながら、私が私らしく生きられるように、もう泣きながら過ごす日々がこないように。


この時に授かった息子と仲良く出来ているので、この時間が続くことを大切に、過ごしていきたいですね。



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