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あいつとあの娘ときみとぼく

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懐かしさも、切なさも、何もない6月

懐かしさも、切なさも、何もない6月

湿気混じりの6月の空気を少し吸い込んでくしゃみした。時折襲う悲しみがどれほど凡庸でどれほど切実か。それを忘れることのないように刻み込んでいこう。勝手に嘆いて、勝手に捨て去らないように。
「もうあの頃の僕じゃないですよ。」
15年振りに会った後輩が言った。
「上司が右向けって言ったら向きますもの。」
彼は当時かなりのパンクスで、攻撃的で人を寄せつけないような雰囲気を放っていた。
今はかなり落ち着いた

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うまく騙してください。踊るから。

うまく騙してください。踊るから。

「まだ頑張れるの?」
「ひどく眠いよ。」
「私はまだ頑張れるわ。」
「そう。」
鏡を見るとひどく疲れた顔をしていた。大事に紡いできた糸は儚くも驚くほどに呆気なく切れた。あれからいくつもの季節が終わりを告げ、また始まっていった。きっと彼女は変わらない生活を送り、少しだけ変わった景色の中で生きているのだろう。

あれから10年が経ち、何も変わらぬまま僕は生きている。それとも、何かが変わったのか。ただ、

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気付かずに訪れた7月

気付かずに訪れた7月

いつかの7月を迎える頃、そんな事には気も付かずに僕は日々を過ごしていた。現在を軸に、以前は知り得なかったことをほんの少しずつ学んでいる。
それは無駄に築き上げてきた自意識を壊す作業とも言える。
全てがうまくいっているように思えてたあの頃は少しずつのズレに気がつかず、何一つ感じていなかったのだろう。今思えば、ただの道化師かめでたい人間だと、自分の事ながら冷静に考えしまう。今の僕からすれば、ただただ笑

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今日が今日でありますように明日が明日でありますように

今日が今日でありますように明日が明日でありますように

「おーい!」
誰かが僕を呼んだ。声の主はすぐにわかった。鉄ちゃんだ。だからすぐに僕を呼んでるのだと気がついた。周りを見渡すとやはり僕を呼んでいた。
「こっちこっち!」
呼ばれた方に行くと鉄ちゃんと知らない女子学生数名がいた。
彼女と出会いはこのときが初めてだった。大学4年の梅雨も明けようかという少し蒸し暑い時期。
「鉄ちゃんどうしたの?」
そう聞くと
「この子たち4月からアリノでバイトしてるんだっ

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夏の終わりと秋の始まり

夏の終わりと秋の始まり

突然の連絡。
もう10年前に別れた彼女。
別れた後も何度かフラっと僕の前に現れては消えていった。
最後に会ったのは5年前か…
その時の別れ際にもう二度と会うことはないだろうと何となく感じていた。

「元気?」
「元気だよ。」

たわいない会話を繰り返し、しばらく沈黙の時間が訪れた。電話口の向こうから聞こえる雑踏の音。

「何も聞かないし、何も言わないんだね。」
「え?」
「何も変

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