02すかっと

気付かずに訪れた7月

いつかの7月を迎える頃、そんな事には気も付かずに僕は日々を過ごしていた。現在を軸に、以前は知り得なかったことをほんの少しずつ学んでいる。
それは無駄に築き上げてきた自意識を壊す作業とも言える。
全てがうまくいっているように思えてたあの頃は少しずつのズレに気がつかず、何一つ感じていなかったのだろう。今思えば、ただの道化師かめでたい人間だと、自分の事ながら冷静に考えしまう。今の僕からすれば、ただただ笑うしかない。
 彼女と出会った後、僕は構内で彼女を探すようになっていた。見つかるはずもないのに。そもそも彼女のことは何一つ知らない。学年も、名前すらも。
それから数日が過ぎたある日、いつものように図書館で適当に時間を潰し外へ出ると、彼女が近くのベンチに友達と座っていた。驚きなのか嬉しさなのかどういう感情かわからないが少し挙動不審な動きで僕は彼女のところへ向かった。
「こんにちは。こないだはどうも。」
「あっえっ」
少し困ったように見えた。
そりゃ困るだろう。彼女からすれば全く見ず知らずな人間が急に声をかけてきたのだから。
「この前、あそこの下でアリノ話してた…」
「あっあの時の一言も喋らなかったお友達さん!」
急に大きな声を出すものだから、今度はこっちがビックリした。
「何ビックリしてるんですか?」
いたずらな笑顔で彼女は言った。
「いや、急に声が大きくなったから」
「ふふ、声大きいってよく言われるんです。気をつけますね。」
「別にいいよ。普段と同じでさ」
「ねえねえ、そろそろバイト行かないと」
「あっそうだね。じゃまた!」
元気に彼女はそう言って、友達とバイトへ向かおうとした。
「あの…さ、また会えるかな?」
自分で何を言ってるのだと恥ずかしく思ったが自然と聞いてしまった。
「よくここにいるんでまた声かけてください。ってかよく図書館から出てくるの見ますよ。」
「えっ?だってさっき」
「変な感じで近づいてきたのもわかってたし。でもわからないフリして、覚えてないフリしてた方が女の子っぽいでしょ」
また、いたずらな笑顔をして彼女は言った。
「そうだね。じゃまた声かけるよ。バイト頑張ってね」
「ありがとうございまーす!じゃまたー」
そう言って、今度こそ向かっていった。
 僕は今までに多くの人を通過してきたし、多くの人が僕を通過して行った。差し伸べられた手を自ら払い除け、差し伸べられてたはずの手を見過ごして。それでも彼女に惹かれ自ら手を差しだそうとしている。そんな余裕も権利すらもないのに自分勝手にそんなことをしている。
その後ろについてまわる青さだけは感じながらも。その青さを理解するまでは無駄に日々を進んでいくのだろう。
何かと何かを調整しながら与えられた役をこなしていく。それが自分の生き方だと、生活だと認識している。『本当の自分』などという幻想に惑わされることなく、静かに今をこなしていくことが適切だと判断したのだ。その頃僕は、何も見出せず、何も描くこともできなかった。そんな時期に彼女は僕の前に現れた。たった数ヶ月だけ。
ふと空を見上げると飛行機雲が薄く長く引かれていた淡い青。
夏の香りを感じ始める頃、7月はもうすでにそこまで来ていた。

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