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創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』第1話

謎の美女が人々の恨みを代行して鉄槌をくだす逆襲ストーリー!
作/鈴木しげき、金田有浩、ゴージャス染谷

第1話【医師・横田陽匡の場合】

ハッとした。
こんな美しい女は今まで見たことがない。
モデルや女優なのかと思ったが、彼女は看護師だった。
私の勤務する大学病院に新人ナースとしてやってきたのだから間違いない。

「真野愛子と申します。今日からよろしくお願いします」

主任ナースの白鳥和美が「みなさん、仲良くしてあげて」と呼びかけたが、愛子の出現は病院内の人間関係のバランスをあっという間に崩壊させた。
その美しさは男性職員の間でたちまち噂となり、「独身なのか?」「恋人はいるのか?」といった詮索が渦巻いた。
これには、誰かが事務部から勝手に経歴を持ち出し、以下のような情報が手に入った。

25歳の独身。
先月、上京してきたばかり。
だから、きっと交際している男性はいないだろう。

こんなふうに院内をザワつかせる愛子だから、女性看護師の間でも浮いていた。
いじめられているわけではなかったが、特に仲のよいナースができる様子もない。
ただ、患者たちの間では圧倒的な人気があった。
中には露骨に言い寄る男性患者もいる。
「真野さん、こんな美人なんだから彼氏くらいいるよね?」
「いませんよ」
「おじさんがあと20歳若けりゃ交際を申し込むんだけどね」
「それでも私の父より年上じゃないですか。もぅお、からかわないでくださいよ」
愛子には美人を鼻にかけたところがまったくなかった。

「真野くん、私とつきあってほしい」

先手必勝だ。このままではすぐに誰かのものになってしまう。
私は交際を申し込んだ。
「先生、本気ですか?」
「もちろんだ」
「けど、先生はお忙しいでしょ? たまにしか会えないですよね。わたし、そういうのダメなんです。毎日会いたいし、毎日話したい。面倒くさい女だって思われるかもしれないけど、ナースって先生に都合よく遊ばれて捨てられるってよくある話じゃないですか。もちろん先生がそういうタイプじゃないと信じてます。ただ……ちゃんと愛してほしいんです」
「意外だな、君がそんなこと言うなんて。もっと今どきな人かと思ってたんだが」
「先生、ひとつ約束しません?」
「約束?」
「今日から1週間、毎日わたしに“愛してる”って言ってください。それができたら正式におつきあいするってことにしませんか? その時は、晴れてわたしを先生の彼女にしてください」
「じゃあ早速――愛してるよ。これで1日目はクリアだ」
愛子は頬を赤く染めて俯いた。
見かけより純情なのかもしれない。
「これをあと6日続ければいいんだね。1週間後が楽しみだよ」
私は当直のため愛子と別れて医局に戻った。

医師の毎日はハードワークだ。
その上、ミスの許されない仕事だ。
だから息抜きがほしい。
女性にそれを求めるのはごく自然なことだろう。

2日目、私は愛子とお茶をした。
「愛してるよ」そう言うと愛子は恥じらった。「これで2日目もクリアだ」
なんだか子供っぽい戯れだが、こうして二人でいると日常の嫌なことは忘れられる。
医局の人間関係、ナースたちの噂、患者のわがまま、家庭のゴタゴタ……うんざりだ。
掃き溜めに鶴とはよく言ったもので、そんな中でも愛子だけは特別に光り輝いている。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
「先生、お忙しいんですね」
「野暮用だよ。じゃあ、また明日」
私は急いだ。

3日目、「愛してるよ」私がそう言うと、いきなりパシャリと音がして驚く。
「撮っちゃった」と愛子がいたずらっぽくスマホを見せた。
「やめてくれないかッ、こういうことは!」
ちょっと語気が強かったかもしれない。
「ごめんなさい。今の先生の顔、残したくて……」
最近、疲れているのだろう。
自分でも気持ちがささくれ立っているのがわかる。
「悪かったよ、怖い言い方して。ただ、勝手に撮るのはやめてほしい」
「もう二度としません。許して、先生」
愛子の瞳が潤んでいた。

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4日目、「愛してるよ」私がそう言うと、愛子は微笑んだ。
昨日注意したからか、スマホをテーブルに置いている。
それにしても彼女は美しい。
なんとしてもこの女を思うままに抱きたい。

5日目、「愛してるよ」と言うと、愛子は「今日はお互い非番だからずっと一緒にいられますね」とこたえた。
院内で見かける愛子は制服で清楚な印象を受けるが、私服の彼女はとても肉感的な身体をしている。若くて張りのある胸がまぶしい。
「ごめん。今日は非番だけど、やらなきゃいけない作業があるんだ」
愛子の元を去ると、私はタクシーを飛ばして、通いなれたマンションを訪ねる。

「先生、遅かったわね」主任の白鳥和美がドアを開けて私を迎えた。
こんな関係、もう二年になるだろうか。
いきなり唇を奪うと彼女の胸を揉みしだいた。
愛子のことを思い浮かべながら、この女を犯した。

6日目、「愛してるよ。残りはあと一日だね。すまないが、今日は急いでいる。明日はレストランを予約しているから、そこで会おう」
愛子は「お忙しい先生」と私を見送った。

自宅に戻ると、妻が娘の6歳の誕生日ケーキをつくっていた。
「ちゃんと帰ってきてくれたんだ。娘のために」
当たり前だ。この子のためなら命だって投げ出せる。

7日目は、自分でも不思議なくらいに高揚していた。
愛子から待ち合わせに「少し遅れる」とLINEが来た。
どうやら夜勤への引き継ぎでトラブルがあったらしい。
私はレストランでワインを飲みながら待った。
しばらくして、サングラスにマスク姿の女が入ってきた。
女は私から見える席に座り、店員を呼ぶと小声で料理をオーダーした。

あの女を知ってる――そんな気がする。
料理が運ばれてきて、女はサングラスとマスクを外した。
白鳥和美だ。
彼女は私に気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか、わからない。
和美が食事をはじめると、またサングラスにマスク姿の別の女が入ってきた。
妻だ。間違いない。
妻は私から見える席に座ると、店員を呼び、料理をオーダーした。
私に気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか?
もはや、状況がつかめない。
逃げ出すこともできず、脇汗がしたたる。
ふと我に返ると目の前に愛子がいた。
「先生、お待たせしてごめんなさい」
そう言ってスマホをテーブルに置いた。

ハッ……!

スマホの画面を見て、一気に鼓動が早くなった。
通話状態になっている。
次の瞬間、妻と白鳥和美はイヤホンを取り出し、耳に入れた。

この女たち、通じ合っている……。

「な、なにがしたいんだ!?」
そう言ってやっと自分に愚かさに気づいた。
私のうろたえる顔を見て、愛子が微笑む。
「以前に先生の写真、撮らせてもらったでしょ? そしたら、すごい怖い顔して怒るんだもん。だから、それ以降は録音だけにしたの」とスマホを人差し指で愛しそうに撫でた。

ずっと録音していたのか……。

「さぁ、いつもの言葉、くださらない?」
見ると、妻と和美が私を凝視している。
すぐに私のスマホにLINEが届いた。和美からだ。

「医局にわたしたちの関係を告発します。わたし、あんな職場に未練ありませんから」

またLINEが届いた。妻からだ。

「自宅でお待ちしております。お金の話をしましょう。娘は今後こちらで預かります」

血の気が引いていく。
愛子は言った。「さぁ、いつもの言葉を」
何もかも失ってしまった。今の私には何もない。だから振り絞った。

「あ……あ…………あいし……てる」

次の瞬間、目の前を銀色の光沢が素早く横切った。
それは、私の背後の壁に鋭く突き刺さった。食事用ナイフだ。
私にめがけて投げたのは、妻だった。
それでも私は「伝えたぞ、いつもの言葉を」と愛子に訴える。

「うふふふ……。残念。24時を過ぎてますから」

愛子は腕時計を見せて楽しそうに笑った。「あはははははっ……」
「き、君は、何者なんだ?」
それには答えず、愛子は愉快そうに笑い続ける。
向こうで妻が「すみませーん。ナイフ落としちゃったから、新しいの持ってきて頂戴」とギャルソンを呼ぶ。
それを聞いて和美もクスクスと笑い出す。
妻も豪快に笑い出した。

窓の外は漆黒の闇が広がっている。本当の地獄はこれからだ。

つづく

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません

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