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創作ストーリー『暗闇で愛が咲く』第2話

謎の美女が人々の恨みを代行して鉄槌をくだす逆襲ストーリー!
作/金田有浩、鈴木しげき、ゴージャス染谷

第2話【住菱商事課長・雪村勝也の場合】

「あー、ちょっといいかな?」
住菱商事資源エネルギー課課長の雪村が、部下のプレゼンを遮った。
「資料のこの見出しだが、青ではなく赤にしろ。青は冷たい印象を与える。心理学的に言って、色というのは重要な意味を持つんだよ」
「課長、あの、今回は水資源の資料ですので、全体的トーンとしまして」
「まだ俺が喋ってるんだ。ひとまず聞け」
「すみません……」
「もう一回言うが、色は人の印象に強く作用するんだ。昔な、俺がこの課に来たばかりの頃、石油プラント開発のプレゼンをしたんだよ。その時は3つの赤を駆使したプレゼン資料で見事OKを貰ったんだ。だから――」

会議室に、また始まったよ、といった空気が流れる。
「あと15分は続きそうだな」
「それで済めばいいけどね」
部下たちが密かにLINEでやり取りする。

午後、資源エネルギー課のフロアには再び部下とやりとりする雪村の姿があった。
「藤田、どう言うことだ? シェールオイルの採掘権、うちが100%でないのはなぜだ?」
雪村のデスクの前では、部下の藤田が立ったまま困惑している。
「そ、それはですね、以前お話ししたように」
「どう言うことだ? さっさと説明しろ」
「はい、ですので、説明を」
「もっと簡潔に、とっとと」
「あの、今、説明を」
「ノロイな、早くしろ。説明というものはな、相手にわかってもらうためにするものなんだよ。俺に言わせると、まずは結論、それから解説、さらに例をつけて。そういう話し方ができないヤツはまだまだなんだよ。で、お前は――」

フロアに、また始まったよ、といった空気が流れる。
「藤田、いつ説明させてもらえるんだろ」
「明日になっちゃうんじゃないか?」
部下たちが密かにLINEでやり取りする。


その夜、新宿のバーで雪村はひとり飲んでいた。
「マスター、今の若いヤツらは会話ができない。人の話を聞けない。だから説明も下手。今日も説教続きで疲れちゃったよ」
カラン、とグラスの氷の音とともに、雪村の隣に人の気配がした。
見ると、なんともイイ女が座っている。

「ごめんなさい。ちょっとお話聞いてしまって。ホントおっしゃる通りですね」

女は、真野愛子と名乗った。
「今の若い男性って独りよがり。やっぱり私は包容力のある、会話上手な年上が好きだな」
「私に包容力があるかは分かりませんが、どうです? 話くらいなら聞きますよ」
そう言って雪村は自分の名前と勤務会社を明かし、暗に社会的なステータスを誇示した。
住菱商事はそれなりの会社なのだ。
「あの、さっきのお話の続きですけど、つまらない話題や噛み合わない会話って時間の無駄ですよね。大切な時間、返してって思っちゃう」
「その通りだね。私も今日、部下たちの会話に付き合って疲れましたよ」
「まあ、大変」

雪村は、この女とはソリが合うと感じた。
グラスも重ね、なんとなくいいムードだ。
時刻は24時をまわろうとしていた。

「あら、こんな時間。雪村さんとお話していたら楽しくて時間たつの忘れちゃったみたい。もう帰らなきゃ」
「まだいいじゃないか。せっかく盛り上がっているのに。よかったらもう一軒行かないか」
「行きたいけど……でも今日は我慢します。だって、雪村さんとの関係、大切にしたいから」
雪村は悪い気がしなかった。
包容力のある大人なら、ここは無理に押すべきではない。
「私も大切にしたいよ」
「ホントに!? でも、雪村さん、調子のいいこと言ってるだけじゃ」
「初対面でこんなこと言うのは何だけど、もう君とは他人な気がしないね」
「嬉しい! じゃあ、ひとつお願いがあるの。それができたら、私たちお付き合いしません?」
「ん、お願い……?」
「雪村さん、とても聞き上手で、私、それがすごく楽しかったの。だから、1週間いつでも私が話を聞いてほしい時は最後まで話を聞いてくれますか? それをクリアしたら、安心してお付き合いできるんだけど」
「そんなことでいいんだ」
「うん。1週間いつでも私の話を最後まで聞いてくれれば、それで」
「簡単だよ。愛子ちゃんならいつでもOKさ」
「じゃあ、お願いね」
愛子は帰って行った。
その姿を見送りながら、雪村は1週間後の愛子との夜を想像しながらグラスを口に運んだ。なんとも甘い香りのする酒だった。

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翌日、昼休みに雪村のケータイが鳴った。
「あ、愛子です。雪村さん、今、大丈夫?」
「大丈夫だよ、どうしたの?」
「昨日のお礼を言いたくて。ありがとうございました」
「こちらこそ」
「それと、ちょっとでいいから声を聞きたかったの」
「え?」
「お仕事、邪魔してごめんなさい。じゃあ、また電話します」
電話は切れた。
雪村にニヤリと笑みがこぼれる。
その日の午後の説教はいつもにも増して力がこもった。

それから真野愛子の電話は日に日に頻度を増してきた。
そして、その長さも。
4日が過ぎた。
ただ、愛子との熱い夜を夢想する雪村にはそれは苦ではなかった。
むしろ心待ちするようになっていた。

5日目。夜9時、帰りの電車に乗ろうとすると雪村のケータイが鳴った。
愛子からだ。
「あ、愛子ちゃん、ちょっと電車に乗るところだから、後でかけ直すよ」
「えー、だめよ。いつでも話聞くって言ったじゃない」
「降りたらすぐに折り返すから」
「それじゃダメ、今じゃなきゃ。それじゃないと約束はなしだよ」
「意地悪言うなよ。わかった。わかったよ。今から聞くよ」
そんなに俺と話したいのか。なんて可愛いいことを言うんだ――そう思いながら愛子の話を聞いているうちに、雪村は終電の時間を逃してしまった。

6日目。朝、雪村のケータイが鳴っている。
誰だ、こんな早くから? 見ると愛子からだ。
飛び起きて電話に出る。
「おはよう。昨日もお話いっぱい聞いてくれてありがとう。それでね、昨日言い忘れたんだけど、友達がね……」
愛子の話は続いている。
この日、雪村は朝食を取れずに出勤となってしまう。
しかも、会社に着いても、まだ愛子の話は終わらなかった。
「愛子ちゃん、会社に着いちゃったよ。じゃあ、またかけるね」
「えー、だめ!  今、ちょうどいいところなんだから」
「いや、そう言わないで、ね、絶対に続きを後で聞くから」
「ダメダメダメ、そうしたら約束はなしよ」

その時、雪村の視界に直属の上司である武田部長が入ってきた。
武田は社内で最も仕事に厳しいと言われる男だ。
真っ直ぐこちらに向かってきた。
「雪村君、ちょっといいか」
「あ、はい。なんでしょう」
雪村はケータイを後ろ手に持った。
「君、最近、ん?」

「ねえ、雪村さん。雪村さん、聞いてる?」
ケータイから愛子の声が漏れてくる。

「電話中なのか。相手は女性のようだが」
「あ、いや、部長すみません。ただ、切るわけにはいかなくて。とりあえず気にせず、お話しください。どうぞどうぞ」
「君は私をなめてるのか」
「す、すみません!」

思わず雪村はケータイを切ってしまった。

「ここ最近、電話に出てばかりで仕事に身が入ってないそうだな」
「とんでもない、仕事はしっかりやってます」
「なら、この失敗は何なんだ」
武田部長がタブレットを見せる。
そこには部下からのメールで「アリゾナの石油採掘権、B社に奪われてしまいました」という報告があった。
「えっ……」
「弊社がアリゾナにある油田の採掘権を狙っていることは承知だよな」
「もちろんです。それに向けて私も頑張ってきたんですから」
「その最終入札が今週あったよな。すぐに入札金額を決めなければならなかったのに、君は何をしてた?」
「へ……」
「焦る部下たちからの問いかけにも答えず、お説教してたらしいな」
「…………」
「みんな、困ってたよ。課長は話を最後まで聞いてくれないって」
雪村はやっと自分の行動に思い当たる節を感じる。
「電話で誰と話しているのか知らんが、もっと耳を傾けるべき相手がいるんじゃないのか。日本時間の今朝7時、うちは入札に間に合わず、採掘権はB社のものになったよ」
「今朝……7時……?」
「その時間、君は何してんだ? ずっと電話してたんじゃないだろうな」
武田はすべてを見限った表情で続けた。
「次の人事で、この責任は取ってもらうから」
そう吐き捨て去って行った。

呆然とする雪村のケータイがブブブッと震える。
メッセージが届いた。愛子からだ。

『アナタノ オシャベリハ コノヨウニ ヒトノタイセツナジカンヲ ウバッテイタノヨ』

雪村はやっと気づいた。
この女、B社の手先だったのか……。

つづく

この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません

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