自炊が埋めてくれるもの

とある日の夕食

先日とある理由から夜家に一人になったから、夕食を作ることにした。ぱっと思いついたのは豚丼。仕事終わりで19時をまわっていたけれど、せっかくなら美味しいものを作りたいのでお気に入りのスーパーまで車を走らせる。

この時間ならではのお値打ち品に手が伸びそうになるのを我慢して、目的の豚肉、長ネギ、玉ねぎを一通り揃える。思わずこまぎれを買ってしまうのは大学生時代に一人暮らしをしていた頃と変わらないけれど、アメリカ産かカナダ産ではなく、国産を選べるようになったことに、当時より少し余裕が生まれたのだと感じる。

料理は昔から好きで、家事の中では最も積極的にやりたいと思えるものだ。特に何となく頭の中で思い描いたアレンジがハマったときとか、イメージ通りの味が再現できたときが楽しい。その日も家に一人ということが分かった時から、豚丼しかないと直観的に閃いた。

とはいえ豚丼にそんなに多くの工程はない。砂糖、醤油、みりん、酒という和食の味付け四天王を大体同じくらいに混ぜて、焼いた玉ねぎと豚肉に絡ませるくらいなものだ。ただし、後入れで少し酒や砂糖をそれっぽく加えたりすると自分に酔えるので、一人の時はおすすめである。

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さらに今回は、某牛丼チェーンの豚丼に着想を得たキムチと白髪ねぎも乗せてやる。そうしてできたのが

平日20時のねぎキムチ豚丼

新豚丼

晩御飯を家で、一人で食べるのなんて本当に久しぶりで新鮮だった。一人暮らしをしているときは、食事が一番ひとりを実感させられる時間で、生半可な食事では必ず味気なさが勝ってしまうのだった。「平日20時のねぎキムチ豚丼」は最後まで美味しく食べられた。4年間の一人暮らしで培った腕と、出来たての温かさがどうにかカバーしてくれたみたいだ。

寂しさと自炊

東京のワンルームは、自由で居心地が良かったけれど、当然ながら咳をしても、くしゃみをしても一人だった。もの寂しい空間で、それを埋めるように特別観たいでもないテレビ番組を流していた。実家暮らしになって今、同じ空間に置かれてやっぱりその癖は抜けていなかった。

自炊、割と頑張っていた方だよなあなんて思うこともある。でもそれは、レンチンでは補いきれない“温かさ”で、自分の寂しさを埋めるための術だったのではないかと、今になって思う。この日だって別に、帰りにコンビニ弁当を買って帰れば済んだだけの話なのに。

しみじみ思いながら自炊のカメラロールを振り返っていたら、そこにちゃんと5年前の豚丼が記録されていた。

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記憶が正しければこれは、めんつゆを使って作ったと思う。そのころは親の手伝いくらいしか料理経験なんてなかった私でも、めんつゆが万能アイテムだということを知っていた。

それからアルバイトで和食を学び、四天王の配合の重要性を知り、今ではめんつゆに頼らなくても出来るようになった。当時の豚丼で、上京したての当時の寂しさを埋められていたかは覚えていない。でもあの頃の自分に会えるならこの「平日20時のねぎキムチ豚丼」を食べさせてやりたい。少なくとも料理だけでも、5年もあれば成長するんだということが、たぶん伝わると思う。

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