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映画『青いカフタンの仕立て屋』感想

予告編
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伝統とは


 急に時間が空いたので飛び込みで劇場へ。白状すると、タイトルにもある〈カフタン〉の意味は知りませんでした。民族衣装のワンピースのことみたいです。本作のそれは伝統的なドレスですが、少しラフな感じのカフタンワンピースみたいなものも割かし流行っているんだとか……。ちょっとファッションのことは疎いものでしてね……。

 本作は、そんなカフタンの仕立て屋を営む男ハリム(サーレム・バクリ)が主人公の物語。映画情報サイトなどに記載されているあらすじ等でも多少は濁されているものの、なるべく事前情報無しで観に行った方が本作の良さを堪能できる気がします。セリフの無い描写や、間(ま)をたっぷりと取ることが多い作品なので、ハリムやその妻ミナ(ルブナ・アザバル)、彼らの店で働くユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)らメイン三人の芝居をじっくり味わえます。それが一番の魅力です。

 以上が、偶然とはいえ、たまたま何も知らずに鑑賞することが出来た僕個人の意見です。ネタバレってわけでもないかもしれませんが、一応、未見の方はご注意ください。



 
 ハリム夫妻が営む仕立て屋の腕はたしかなもの。しかし、機械による作業など、効率的にこなすことで安く、そして早く仕上げられる同業他社も存在するのか、「もっと早くできないのか」「もう少し安くならないのか」等々、顧客から小言を言われることもしばしば。それでもハンドメイドを徹底し、使う糸の一本一本までも拘り、時間をかけてでも丁寧に質の高いドレスを仕立てようとするのがハリムという男。稼ぎよりも仕事のクオリティを優先しているためか、生活も努めて質素に見えます。

 そうやって、大事な時に着るというカフタンドレスの仕立ての様子が度々描かれるのですが、本当に一つ一つが細かく、小さな模様一つとっても妥協をしない。時間を使ってじっくりと映し出されるそのシーンは、作業の様子だけでも眺められるというか、まるでドキュメンタリー作品のような雰囲気さえも醸し出されている気がします。……そう、ハリムは、それほど〈伝統〉というものを重んじる男。寡黙で職人気質という人柄も相俟ってか、本作のタイトルにもなっている〈青いカフタン〉は、〈伝統〉の象徴であると同時に、まるで彼自身の精神性を象徴しているようにも思えます。


 そんな彼が、実はある秘密を抱えている。伝統、即ち規律や、広い意味では多数派とも呼び得るものを重んじているということは、逆に言えばそういったものに縛られているとも見て取れる。度々描かれる彼の真の姿に、はじめのうちは驚いていたものの、次第に彼自身が苦しんでいるようにも、或いは悩んでいるようにも見えてきます。(この辺りは、それこそセリフなども少ないので、観る人それぞれで感じ方は異なるでしょうけど。)


 

 本作において、そんな彼と夫婦になったミナの存在はとても大きいと思います。前述した顧客からの小言に対しても、下手に平謝りはしない。「夫は職人だから」と、しっかりと夫の仕事ぶりに誇りを持っているからこその応対をする。終盤で明かされるのですが、ハリムが本当の自分を隠しながら生きてきたことなどミナは承知の上で、人間的に彼を愛していた。

 仕事に妥協を許さないハリムの姿も、そんな彼の仕事ぶりをリスペクトするミナの姿も、共に伝統や規律を重んじるが故の姿。しかし、重んじるが故の苦しみもあるのだと思わされるのが本作。伝統も大切だけど、「伝統だから」で片付けてしまっていること、そうやって少数派の意見を抹殺しているのは、何も本作の物語の世界だけに限った話じゃないことは、誰しもが容易に想像できることでしょう。



 
 ある時、三人がダンスに興じるシーンが描かれます。近所に大音量で音楽を流しているオジサンがいるのですが、その音に合わせて踊っているんです。別のお隣さんは「近所迷惑も考えろ」とお怒りで、もちろん、それも至極真っ当な意見なのですが、そんな “普通に考えればおかしいこと” に便乗して楽しんでいる彼らの姿もまた、もしかすると世間のはじかれ者っぽさを浮き彫りにしていたのかもしれません。
 
 そうして迎えるクライマックス。鑑賞中、実を言うとその手前で描かれていたダンスシーンで「これでラストシーンなのかな?」とも思いましたが、まだ続きがある。これまで描かれたこと、そして感じて来たことにケリをつけるかのようなシーン。ハリムに向かって投げ掛けられた「戒律を破る気?」というセリフなんか正に象徴的。これまでに述べた想いの数々が彼の胸の奥に込められていると思うと、涙が溢れてきそうになります。この一連のシーンは、実際に観ないことにはわからない。



 
 その後のラストシーンも非常に印象的。店内のザワついた感じと、その中で特に喋ることも無くただ座るだけの二人の姿。マジョリティの中にひっそりと身を置くマイノリティを表したかのような構図は、本作で示された伝統や規律についてのテーマが、本作の中だけで収まってしまわないようしているかのようなラストだったと思います。


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