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映画『マイスモールランド』感想

予告編
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 先日放送された『映画工房』内でも紹介されていた本作。その番組内でも説明がありましたけど、日本で難民として受け入れられているのって僅か70人ほどしか居ないんですってね……。

 とても素晴らしい映画でした。もしよければ読んで頂けると嬉しいです。


日本の恥部か


 幼い頃から日本で育ってきた17歳のクルド人少女サーリャ(嵐莉菜)が主人公の本作。サーリャの家族は政治的な弾圧から逃れるため、難民として日本で暮らしてきた。先に白状しておくと、僕は「クルド……って、どの辺の地域? あの辺……いや違うか?」程度の認識しかありませんでした。タイトルの『マイスモールランド』が指し示すものが何かは人それぞれの解釈があるかと思いますが、人種や国籍、言語や外見など、主人公サーリャが普段から感じている周囲との差異が、様々な相貌で描かれていた印象の作品です。

 そのことを色濃く表現しているサーリャの〈嘘〉は、本作の見どころの一つかもしれません。まぁ〈嘘〉という形容が適当かは自信がありませんが……。
 ある時、バイト先の男友達である聡太(奥平大兼)に対し、手についた赤い塗料の理由を訊ねられた彼女は、下手な嘘で誤魔化す。その後、物語が展開していった先で、とても真剣な顔で「大阪には行きたくない」と口にするシーンがあるのですが、両シーンとも、バイト終わりの店の前という同じ状況で描くことで、前出のシーン同様に、ここでの「大阪には行きたくない」という言葉も嘘であることがわかりやすく表現されています。

 こういった嘘の見せ方の上手さがあることで、より一層、彼女が自分を隠すためについている嘘、もとい〈適応〉に敏感になってしまう。例えば彼女は、毎朝ストレートアイロンをかけている。年頃の女の子の朝の支度風景は、本来であれば微笑ましく、明るい雰囲気を醸すものだけれど、学校やバイト先では自身のことを “ドイツ人” と説明しているサーリャにとって、この行為にはオシャレをしたい乙女心とは別に、自身がクルド人であることを隠したい、延いてはそれをきっかけにして難民であることがバレたくないという心情の表れのように見えてくる

 しかし一方で、父親からは常日頃から「クルド人であることに誇りを持て」と教育されている彼女。もちろんそれは素晴らしいし大切なことだけれど、その誇りやアイデンティティが、本作では彼女の呪縛になってしまっていることが多かった。同じく難民でクルド人同士のコミュニティを形成している一家だが、唯一まともに日本語を扱えるサーリャは、コミュニティ内で他のクルド人からの頼まれ事を一手に引き受けざるを得ない立場にあった。また、そのコミュニティの繋がりからか、父親からは伴侶をクルド人にすることを求められる。多感で忙しない時分にプライベートの時間を失い、聡太との関係も、父親が言うところの “誇り” に遮られる。彼女のアイデンティティが何であるかは彼女自身が決める事なので断定はしませんが、父親と喧嘩をした際、クルド語で問い詰められた彼女がわざわざ日本語で反論する姿からは、どこか彼女自身のアイデンティティの発露を垣間見れた気がします。


 様々な縛りを抱えながらも、夢を抱くサーリャ。そんな彼女の進路相談のシーンでは、その境遇による不利やハンディキャップを知る教師から「視野を広く!」と熱心なアドバ イスを受ける。困りながらも一生懸命に応援してくれる優しい先生だが、少しずつカメラがズームしていくことで、その言葉とは対照的に、観客からすると視野が狭くなっていくように映る。まるで、彼女自身の視野≒人生の選択肢、もしくは彼女を取り巻く現実・環境が狭まっていくことの暗喩。この物語では、彼女の暮らせる世界=国は小さくなる一方だ。



 ある時、サーリャの弟ロビン(リオン・カーフィザデー)が小学校で「自分は宇宙人だ」と発言したことがわかります。小学校で「クルド人です」と言っても上手く伝わらないというのもあるのでしょうが、日本で生まれ育ち、日本語しか喋れない幼いロビンの「宇宙人」という自称は、家族も含めて「自分が何者かわからない」という心情の表れなんじゃないかな。勘繰ってしまえば、姉たちの代弁とすら思えてきます。

 この宇宙人発言をきっかけに、クラス内で浮いてしまったロビンの存在は、皆と異なるから受け入れられないという日本社会を表現していたとも思えます。日本人が普段意識していない ”言語という障壁” や、”県境という見えない分断” は、日本にある様々なスモールランドの要因の一つ。



 そして迎えるラストシーン。結局のところ解決はできていない。未来を祈ることしかできない、これが現状。 そして物言わぬ彼女の表情を映し、終幕。
先進国を名乗っている日本の中に、これほど自由が奪われている人達が存在していること、そしてそんなことを全く知りもしなかったこと、じゃあ自分に何ができるのか……。人それぞれに感じるところがあるんじゃないだろうか。言葉にしないからこそ、観客の心を動かすラストになっていたと思います。日本の恥部ともいえる、制度の矛盾や不条理さを浮き彫りにする素晴らしい作品だったと思います。


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