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映画『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』感想

予告編
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本音


 老舗出版エージェンシーで編集アシスタントとして働く作家志望の主人公・ジョアンナ(マーガレット・クアリー)は、上司が担当する人気作家であるJ・D・サリンジャー宛のファンレターを処理する中で、飾り気のない定型文を送り返すことに気が進まず、ふと思い付きで個人的に手紙を返し始める……。

とまぁ、あらすじでいうとこんな感じかな? ジョン・レノンの事件のこともあるから、無機質な返事は仕方ない。とはいえ普通、返事なんか書くかね……と思ったら実話だった笑。


 原作は自叙伝で、実話を基にしている本作は、「出版業界版『プラダを着た悪魔』」なんてキャッチコピーが付けられていました。たしかにストーリーや設定なんかも似ているけれど、描かれ方は少し違う。少々ベタながらも「頑張れわたし!」みたいなガールズムービーのような入り方、けれど出口は大きく異なり、後味は非常に繊細。派手さや強烈なカタルシスのようなものこそないかもしれませんけど、とても心穏やかになれるような一本でした。

“90年代のニューヨーク” という舞台のシャレた感じとも相性好いしね。いやホント、オフィスの雰囲気とか、カフェのオープンテラスとか、なんだったら小物や衣装といった全て、出てくるものが逐一オシャレで、本編とは関係無いけどそんな街並みや背景も魅力的。(……もしかしたら、〈皆が憧れるニューヨーク〉という、若者の夢を彷彿とさせるような華々しい街で、作家を志す想いを薄めながら気乗りしない仕事をしているジョアンナのやり切れない消化不良な気持ちを浮き彫りにさせるための“オシャレな舞台” だったのかもしれないけど)



 物語上、手紙という活字が繰り返し出てくる本作は、“書き手本人にその文面をセリフとして語らせる” という手法を取っています。実際のところ、その語り手(=手紙の書き手)の姿は、手紙を受け取るジョアンナの想像上の姿でしかないのだけれど、この描写だけでも、彼女が手紙一通一通から書き手の想いをしっかりと想像して読んでいること、延いては熱の籠もったファンレターに定型文で返事をすることに気が進まないような性格であることとの整合性が見て取れます。また、カメラに向かって語り掛けてくるその姿は、第四の壁(=観客)に向かって語り掛けているという印象以上に、“正面を向いて話す” という構図から生まれる「本音感」、要するにそのセリフ(手紙)の内容が語り手の嘘偽りのない言葉であることを表現しているような印象にも繋がっている気がします。


 様々な “本音” に触れながら日々の仕事をこなしているジョアンナ。そんな彼女の日常からは、手紙などとは対照的に、嘘とまではいかなくても本音ではないかもしれない言葉の数々——手紙のシーンとは対照的に、正面を向けずに言葉を紡いでいる瞬間——が度々見受けられました。

ルームシェアをするくらい仲の良い友人とも、壁を挟んで背中越しに話していたり、同棲している彼氏とも壁越しで話すこともあった。正面を向いていないとか、画面内を分断するかのように壁が映し込まれる度に、手紙が読まれるシーンとの対比も相俟って、より一層に「本音ではないんじゃないか」と思わされる。


 だからこそ、正面切って上司のマーガレット(シガニー・ウィーバー)と話すクライマックスのシーンに、彼女の色んな想いを想像させられる。構図や背景、BGMに、然して突飛な演出があるわけではない。言い方が難しいけど何の変哲も無さそうなシーンだったけど、ちゃんと相対して言葉を伝えるという様子だけで、彼女の心の変化が窺い知れる素敵なシーンだった。

 もちろん、そこに至るまでのドラマがあったからこそなんだけど、中でも一番印象に残っていたのは、マーガレットの意外な一面を見せられたこと。ネタバレ防止のために細かくは言及しませんが、……まぁ意外な一面というと語弊があるけど、先述の『プラダを着た悪魔』にも出てきたメリル・ストリープ演じるミランダのような上司だったマーガレットが、少し弱った姿を見せ、普段は話さないこと、それこそ本音感のある話をジョアンナにしてくれたシーン。正面を向いて話してくれたそんな過程があったからこそのクライマックスだったのかもしれません。



 ネタバレではないものの、見所の一つだと思うので伏せておきますが、手紙が読まれる際に書き手の姿が映されたのと同様に、現実と空想が上手く融け合った、とあるシーンがとても素敵だった。サリンジャーの姿が明確に描かれないままだったのも好印象。共感云々とか、わかりにくさもあるかもしれませんが、好きになる人も多いはず。なぜかこの映画には “ほだされてしまう”、そんな不思議な魅力の映画でした。


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