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映画『83歳のやさしいスパイ』感想

予告編
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 明日、8月1日よりアマゾンプライムビデオにて配信開始予定の本作。

 東京国際映画祭では『老人スパイ』というタイトルで上映されていたドキュメンタリー映画です。個人的には、今の邦題の方が温かみがあって素敵な気がします。

 ぜひ読んでくださいー。


見えない部分


 騙された……。——この手の書き出しは一体何回目かと、我ながら思う。——いやまぁ正確に言うと、本作には観客を騙す気なんてさらさら無かったんでしょうけども、僕は騙されたような気分になったんです。タイトル、そして冒頭のやり取りから、果たしてどんな面白い展開が待っているのかと期待させるような本作は、割と早い段階で、急に変化が訪れる。白状すると、その瞬間は、理解できていなかった。メタ的なユーモア表現か何かかと思ったほどでした。一瞬だけ「は?」となったのは言うまでもありません。

 本作の監督のフィルモグラフィー、或いは本作について予告編なりネット情報なり、ちゃんと調べておけば、一時的とはいえ、ド頭でこんな迷子になることなどなかったことでしょう。飛び込みで映画館に行くのは乙ってもんですけど、たまにこういうことが起こる。まぁそれはそれで楽しいから飛び込みはやめられないんですが笑。



 本作は、とてもハートウォーミングなドキュメンタリー映画。入居者への虐待を疑う探偵事務所に雇われ、老人ホームへ潜入調査をすることになった老人・セルヒオが、スパイ活動に悪戦苦闘しながらも、入居者たちと心を通わせていく……という “体(てい)” の物語。もとい、ドキュメンタリー。

 どこまでが体なのかは判然としませんが、これがそういう体なのだと理解させる工夫がとても良い。わざとカメラやガンマイクを見切れさせ、本作がドキュメントであることを意識させ、一歩引いたような目線を誘発させてくれる。また、まるで劇中劇であるかの如く素知らぬ顔で協力してくれる入居者と、マイクやカメラが気になって仕方がない入居者を同じ画角に映し込むシーンも面白かったです。「ほら、マイクがすぐそこにあるよ」みたいな顔で合図を送る者。反対に、そういった撮影機材が気になって仕方がない人に対して「何も無いフリしてなきゃダメでしょ」みたいな顔でそれとなく隣の人の肩を小突く者も居る。本当になんて事の無いシーンですが、これだけで、本作がドキュメンタリー作品であることと同時に、老人ホームの柔らかく穏やかな雰囲気と、入居するおばあちゃんたちの可愛らしさが窺い知れる素敵なシーン



 セルヒオが雇われの素人探偵であるというのが活きている印象があります。おじいちゃん特有(?笑)の、どこかマイペースな雰囲気も相俟ってかもしれませんが、潜入調査でありながらも、その諜報活動の中に、ちょこちょこ私情が見え隠れする感じが良い。本来であれば、淡々と冷静に、事務的に情報を収集・報告するだけで十分なミッションの中に混ざる、一般人であるセルヒオの一老人としての生の声は、とてもリアルに観客の心に響くよう。

 例えば隠しカメラが内蔵された眼鏡をかけているシーン。その隠しカメラ越しの映像が流れることで、それが同時にセルヒオの視点でもあることがわかります。そんな折、寝たきりの女性を見つけた彼は、「見ていられない」と本音を溢す。その女性がいるベッドが画面の端に見切れるような状態で、レポートを続けるセルヒオの声が流れることで、彼自身が実際にそれを直視できていないことが如実にわかる。当初は、通常の眼鏡と隠しカメラ付きの眼鏡の二種類を用いることで、単にセルヒオの諜報活動のオン/オフを分かり易くさせるためだけのギミックだと思っていましたけど、カメラ越しというフィルターを挟むことで、同時にセルヒオの心情を表現するツールにもなっている印象です。

 他にも、音声メッセージでの報告やメモ等々、客観(諜報活動)の中に混ざる主観(セルヒオの本音)という構図が幾度も出て来る。これが本作を特別なものにしてくれているんじゃないかな。



 本作は、とても優しさに溢れているドキュメンタリー作品。物語を観ているかのように、観た感想を語りたくなる箇所が幾つもあるのですが、中でも一番の見所は、老人ホームに入居している女性・ルビラが、セルヒオにとある本音を吐露するシーン。ここで語られる内容こそ、おそらく本作が映し出したかった最大のテーマの内の一つ。これについては是非、実際に観て頂きたいところです。

 実は映画が始まってから、ずっと晴天が続いていた本作。朗らかな天気、老人ホームのゆったりとした時間の流れ。そんな中、ルビラの本音が語られた直後にシトシトと雨が降り始める。それまでずっとBGMがあまり流れていなかったのに、ここでピアノの音が聞こえ出すのも印象的。いやきっと多分、意図的なもののはず。そう思えてなりません。彼女の、延いては入居者が抱える感情を上手く映像に落とし込んでいたと思います。



 各所にクスッと笑えるようなユーモアがあったりするのも面白い。老人ホームや介護職のことはあまり詳しくないですけれど、老人ホームの陰と陽、その両方を、見えない部分まで見ることができた気になれます。キッチュな言い草というか、歯の浮くような感想かもしれませんが、久しぶりに祖母に会いたくなりました。


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