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映画『夏時間』感想

予告編
 


 ようやく夏も終わりの気配が……と言いたいところですが、なんだかんだまだまだ暑く感じるのが正直なところです。

 夏が終わってしまう前に、夏の映画の感想文を投稿しておこうかと。

もしよければ読んでくださいー。


子の心 親知らず


 子供の願望は時として親を困らせる。その願望が支離滅裂で素っ頓狂なことであれば、訥々と説明して正しい方向へと導く。お説教でも良い。

逆に、仮にその言い分に一理あったとしても「いいから言う事を聴きなさい」「わがままばかり言うな」と強引に片付ければそれで終い。一理あろうが無かろうが、家庭を支えている親側の意見を立てなければ、家族の生活に支障が出てしまうから。


 しかし、子供たちのその願望は本当にただの駄々や我儘なのか。もしかしたら悲鳴ではないのか、SOSではないのか。そしてそれに気付いてやれるのは家族だけ。もしも気付くことができないとすれば、何か理由があるはず。例えば本作の主人公家族のように、仕事が上手くいかず住む家もままならなかったり、母親が居なかったり……。



 主人公・オクジュ(チェ・ジョンウン)はまだ十代の少女。本作で描かれる家族の出来事の凡そ全てにおいて、彼女の意思が尊重されていません。少なくとも僕にはそう見えました。親にも親なりの事情はありますが、オクジュにしてみれば大人の都合に振り回されている感覚の方が強そうだ。その上で、何かと手の掛かる弟ドンジュ(パク・スンジュン)が我儘を言ってくる。同じ年頃の異性と仲良くするシーンから察するに、彼女も多感で複雑な時期に違いありません。

なんとなくわかるよ、「お姉ちゃんなんだから」という無言の圧力は、まだ子供の彼女の心には鬱陶しい枷にしかなり得ない。
(今思えば、昔の僕はきっと姉のことを酷く困らせていたことでしょう。姉弟喧嘩のシーンを見てそう思ったんです。歳の離れた姉弟の喧嘩ってあんな感じなのよ。すっごいよくわかる。 ……あの当時、姉の機嫌の悪さは生理のせいだとばかり決めつけて嫌な態度を取っていたなぁ。どうせ読んでないでしょうけど、あの時はごめんよ。)



 世の中には色んな形の家族がある。だから、母親が居ないという理由だけで不幸だとはコレっぽっちも思いませんが、オクジュには母親、乃至は縋る人物が必要だったように思います。吐き出せる場所、共感してくれる人、逃げ道……etc. オクジュにはそういったものが明らかに足りていなかった。どこか叔母のミジョン(パク・ヒョニョン)に信頼を寄せていたように見えたのは、そういうところもあったんじゃないかな。

「彼氏はいないのか」「結婚を考えていないのか」等々の話をしながら洗濯物を干す二人のシーンは印象的でした。干されている女性用下着が映ることも相俟って、そこには女性だけの空気感があった。ミジョンが訪れるまではオクジュ以外に女性が一人も居なかったから尚更です。「一緒に寝てもいい?」という、弟と同じお願いをミジョンにしているあたりも、母親が居ないことによってオクジュが抱えている孤独感を補っているようにも見えてくる。


 本作の登場人物の関係性も非常に面白いと思います。【オクジュと父親のビョンギ(ヤン・フンジュ)】、【ビョンギと祖父】という二つの親子。そして【オクジュとドンジュ】、【ミジョンとビョンギ】という二つの兄妹(姉弟)。
これらの構図のおかげで、ミジョンが「小さい頃は我慢していた」とビョンギに打ち明けるシーンが、オクジュの気持ちを代弁しているように見えてくるんです。


 クライマックスはなかなか見もの。定期的に母親と会っている弟とは対照的に、母親と会うことをずっと拒否し続けてきたオクジュの様子からは、居なくなってしまったことに対する母への恨みより、「もしかしたら、もう実の娘として愛されていないんじゃないか」という恐怖からの拒絶みたいなものが窺い知れます。今でこそ一時的にミジョンが居てくれるものの、自分の気持ちを押し殺し、我慢し、耐え続けている彼女にとって、母親の存在は最後の希望だったんじゃないか。だから会うことを拒否していたんじゃないか。だからこそ、あのラストは印象的。誰も座っていないソファ、誰も居ない庭、何も無い二階のベランダ(←先述の洗濯物を干していたシーンの場所)……。これは彼女の心の在り様なのか、それとも傍に居ながら支えてあげることができなかった父親の虚無感なのか。この後味は格別です。



 予告編とか広告で「『はちどり』に続く……」みたいなことを言われていまして……。たしかに『はちどり』(感想文リンク)は素晴らしかったんです。十代の少女の視点で描かれているという点で言えば同じですけど、この “ポスト○○” みたいな言い方はなぁ、とかいつも思っちゃう。……最期に野暮なこと書いちゃってすみません。

兎にも角にも本作は良作でした。本作のユン・ダンビ監督、これが初めての長編なんですってね。いやはや、今後の作品も楽しみです。


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