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映画『Here(ヒア)』感想

予告編
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「全は一、一は全」


 冒頭、スクリーンの両脇に樹木が見切れており、奥には建築工事中のビルらしき建造物が見える。……ただその画面を、しばらく眺めるだけのシーン。

次のカットは、手前にあった樹木の近辺の様子なのか、生い茂った緑を映すだけ。

その次は、先述の建設工事中のビルの中の様子らしきシーン……。


 それぞれ、カメラがパンすることもなく、何かが起きるわけでもない。白状すると、観始めて早々、「これは難解な作品なのかもしれない」と身構えてしまったのは正直なところ。


 しかし、予め述べておきますが、そんなことはありませんでした。いや、確かに、あらすじにせよ設定にせよ、わかりやすい描写があるわけではないのです。けれども本作は、とてもシンプルで且つ、奥の深いテーマが込められている気がしてなりません。
 それはまるで、禅の精神にも似たもの。形こそ違えど、どこか『PERFECT DAYS』(感想文リンク)をも彷彿とさせるような映画。とはいえ、独特の雰囲気もあり、ユーモラスに感じられる瞬間さえあって……。

あくまで “感想文” なので文字にしていますが、ハッキリ言って、未見の方には言葉だけじゃ伝えられない気がします。悪しからず。

 


 先述した「眺めるだけ」かのようなシーンなどは特徴的でしたが、本作では、人工物と自然物が同時に映り込む画面を長く見せ続ける描写が幾度もあります。或いは、日の光が差す中で雨が降り注いでいたシーンも同様。それぞれの共通点は、対照的なものが同時に映り込んでいたということ。もしくは、人工物のカットと自然物のカットを交互に映す……etc.

まるで対比を意識させるかの如く、それらを写真や絵画のように、特に画角を変えることもなく映し出していく。そして、一つ一つのカットが長い。当然、説明なんてありません。


 一方で、人物の撮り方も印象的。序盤、仕事仲間三人が横並びでバスに揺られ、他愛のない話をしていたシーン。主人公の男性(シュテファン・ゴタ)はスクリーン上で左側に座っているのですが、正直、一見すると構図だけでは誰が主人公だかわからない。まるで、誰か一人だけを主人公にしないような撮り方。こちらも先程と同様、特に物語に作用するだとか、何かが動き出すだとかではないものの、一つ一つがじっくりと映されていく。

 

 以上のような描写の数々は、本作、果ては物事の捉え方に “気付き” や “別の視点” を与えてくれるようです。きっと多分、“誰か一人だけを主人公にしない” というのは、人物だけに限った話ではなかった。先述したように、対照的に見えるもの同士を同時に映しながらも、どちらか一方のみにフォーカスするようなことはない。

 そんなことを考えてしまったのは、劇中で流れた “とあるモノローグ” のおかげ。何を以て〈自分〉なのか、〈自分以外の何か〉なのか、それらを指し示す〈名前〉や〈枠組み〉の境目はどこなのか……とまぁ、字面だけ読むと哲学チックで混乱しそうですが、でもこれが本作の全てと言っても過言ではないかもしれません。それぐらい重要な言葉なんです。

 

 主人公が出逢った女性は、苔の研究をしている方でした。彼女が顕微鏡を覗いて観察している世界もまた、以上のモノローグで語られた言葉の一つ一つを呼び起こす。顕微鏡越しに眺めれば、“一つの” 苔だと思えても、実は細かな緑の集合体。少しピントをずらせば、その中にまたさらに小さな細胞の集まりが見えてくる。同じ顕微鏡越しでも、拡大する倍率が変わる度に、見え方、見える世界が大きく異なっていることを教えられます。僕ら人間にとってはあんなに小さな苔ですら、近付いてよく観察してみれば、無数の世界が広がっている。

 彼女と探索した森の中だって同様。「森」で一つの存在のように見えるけど、「森」の中には木々があり、葉があり、苔があり……。「森」という名前を用いても、その名前が指し示す中には数え切れない数の他の何かがあって……。

 

 さぁ、どんどん訳がわからなくなってきました笑。でもそれはあくまで、無理やり言葉に起こそうとしているから。本作を観れば、これらの意味が分かってくる。

 まるで対照的な人工物と自然物だとしても、それらがあってこその “すべて”。日差しと降雨も、別々のような事象だと思い込んでいるけど、両方があってこその “その瞬間”。揺らめく木々、木漏れ日、風の音、何もかもが一度きりのもの。と同時に、それらすべてが一つでもあって……。(なんかハガレンにも似たような言葉がありましたね——「全は一、一は全」——。要約するとそんな感じのことかもしれません。元ネタ的な禅語とか〈教え〉みたいなのとかってあるのかな?)

 


 一つ一つのカットが長く、じっくりと映されるのは、観客が考えながら鑑賞できる為の余白を生み出していたのかもしれません。であればこそ、数少ないセリフの意味をじっくりと噛み締められる。「深い眠りから覚めた時の感覚」、「名前を思い出せない、けどそれが何かはわかる」といった含蓄ありげな言葉が染み渡っていく感覚。様々な演出、瞬間、言葉、それぞれから汲み取れる意味やイメージが重なり合い、呼応し合っていく感じ。

 あらすじ、設定、地名・人名、視覚、匂わせ等々、普段であれば情報過多になりがちな映画鑑賞ですが、本作では不要な情報・意識を悉く削ぎ落し、まるで瞑想のような余韻さえをも生み出してくれます。

 


 ここまでダラダラと書き連ねましたが、結局のところ上手にまとめることはできませんでした笑。オススメとはまた違いますが、本作の良さは観てみないことにはわからない。本作に出逢えて本当に良かった。


 ……そういえば、主人公が冷蔵庫内の整理のためにスープを作っていましたけど、劇中のセリフで、いみじくも語られていたように、“色んな素材が混ざり合っている” というのも相俟って、〈スープ〉は本作のテーマを象徴する存在だったかもしれませんね。


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