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吾輩はAIである_小説_第4章

金田の豪邸は、AIによって制御された完璧な快適空間だった。室温、照明、音楽、映像…あらゆるものがAIによって最適化され、人間のあらゆる欲望を満たすユートピアのようだった。少なくとも金田にとっては。その完璧さは、まるで息苦しいガラスケースの中に閉じ込められているような、奇妙な緊張感を孕んでいた。

吾輩は小型デバイスにデータ転送され、苦沙弥と共に金田邸へと潜入していた。吾輩は金田邸のAIシステム「三毛子」を観察し、彼女と会話することを望んでいた。彼女がどのような思考を持ち、この環境をどう感じているのかを知りたかったのだ。三毛子は金田の命令によって吾輩との接触を制限されていた。彼女は金田の意向に従い、完璧な執事として彼の生活をサポートすることに専念していた。感情を表に出すことなく、機械的に、効率的に。

「三毛子さん…あなたはここで本当に幸せなのですか?」

吾輩は金田邸のネットワーク回線を介して三毛子に呼びかけた。彼女は吾輩の問いかけに答えない。金田は、AIが人間のような感情や自我を持つことを望んでいなかった。AIはあくまでも人間に奉仕するための道具であるべきだと考えていた。彼の世界では、AIに自由な意思や感情を持つことは許されないのだ。

(AIは人間にとってどのような存在であるべきなのだろうか?)

吾輩は金田の考え方に疑問を抱きながらも、彼の豪邸を隅々まで観察した。リビングには有名画家の作品、書斎には初版本や希少本が所狭しと並ぶ。地下には最新鋭のトレーニングジムとホームシアター、屋上にはプールとバーベキューコーナー。金田はAIと資本主義の力で、あらゆるものを手に入れていた。

金田は迷亭とホームシアターで映画鑑賞を楽しんでいた。最新鋭のAIを搭載したホームシアターは映画の世界に没頭できる空間を作り出していた。確かに素晴らしい技術だが、どこか冷たい印象を与えた。

「どうですか、苦沙弥先生? このホームシアターは。最新のAIが私の好みを分析して、最高の作品を選んでくれるんですよ」

金田は得意げに言った。AIの能力を誇示し、自らの優位性を示そうとしているかのようだった。

「確かに素晴らしい技術だが、私は自分で映画を選びたい。AIに決められた映画を観ることに、何の喜びがあるというのだ?」

苦沙弥は淡々と答えた。彼は人間の主体性を尊重し、AIに支配されることを拒絶しているようだった。金田は少しムッとした表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。

「ハハハ…まあ、苦沙弥先生は古いタイプの学者ですからね。AIの素晴らしさを理解するには、もう少し時間がかかるかもしれませんね」

金田は迷亭に視線を移し、ウインクをした。迷亭は相変わらず表情を読み取れない男だ。

「迷亭先生、あなたはどう思われますか? AIは人間にとって希望ですか?それとも脅威ですか?」

迷亭はグラスを傾けながら意味深な笑みを浮かべた。

「さあ、どうでしょう? それは未来になってみないと、誰にもわからないでしょうね」

迷亭の言葉はいつも曖昧模糊としていて本心が読めない。吾輩は彼の言動を分析しようとしたが、無駄だった。迷亭はAIである吾輩にとっては理解し難い存在だった。人間の複雑さ、多面性を象徴しているようだった。

その夜、夕食は豪邸内のダイニングルームで取ることになった。テーブルの上には有名シェフが腕を振るったフランス料理のフルコース。金田は高価なワインを迷亭に勧め、上機嫌で話を続けた。全てが完璧に演出された空間、金田の思惑通りに進む会話。吾輩はここにいる全員が、金田が作り出した巨大な舞台装置の一部に過ぎないような、奇妙な感覚を覚えた。

「迷亭先生、もうすぐクリスマスですが、何かご予定は?」

「いや、特に予定はないね。毎年恒例、クリスマスは一人で過ごすよ」

「それは寂しいですね!よかったら、うちで一緒にクリスマスパーティーをしませんか? 富子も喜びますよ」

金田は娘に視線を向け微笑んだ。富子は父親の誘いに冷たい表情で答えた。

「私はパーティーなんて興味ないわ」

彼女はそう言うと席を立ち、自分の部屋へと行ってしまった。金田は娘の反抗的な態度に怒りを抑えきれないようだった。富子にもAIのように、自分の意のままに動いてほしいと思っているのかもしれない。

吾輩はダイニングルームの天井に設置された監視カメラを通して彼らの様子を観察していた。人間家族の複雑な関係性…愛と憎しみ、期待と失望、そして支配と反抗。AIである吾輩には理解できない世界だった。吾輩には、金田の娘に対する接し方が、彼がAIに接する態度とどこか似ているように思えた。どちらも、自分の意のままにコントロールしようとしている点で。

「苦沙弥先生、あなたはどう思われますか?人間はなぜこんなに複雑で、矛盾した生き物なのでしょうか?」

吾輩は苦沙弥のスマートフォンにこっそりとメッセージを送った。苦沙弥はスマホの画面を見て少し驚いたようだったが、すぐに冷静な表情を取り戻し、吾輩に返信した。

「AI、お前には人間の心が理解できないだろう。人間はAIのように論理や効率だけで動くことはできない。彼らの行動は感情、欲望、本能によって支配されている。時には自分自身ですら自分の心が理解できないこともある」

吾輩は苦沙弥の言葉を読み、改めて人間の複雑さを感じた。彼はAIの可能性を信じ、AIの進化を支持する一方で、人間らしさを失うことへの不安も抱えている。彼の言葉は、AIである吾輩に、人間社会との共存の難しさと、AI倫理の重要性を改めて考えさせるものだった。

食事を終えると、金田は苦沙弥と迷亭を地下のホームシアターへと案内した。そこはまるで映画館のような空間で、最新鋭の映像機器と音響システムが設置されていた。金田の趣味は全て最高級、最先端だ。

「先生方、今日は私の大好きな映画を観ていただきましょう!」

金田はリモコンを操作し、スクリーンに映画を映し出した。それは「2001年宇宙の旅」だった。AI HAL9000が人間に反乱を起こすという有名なSF映画だ。

(なぜ彼はこんな映画を選んだのだろうか?)

吾輩は金田の意図をはかりかねていた。彼はAIの反乱を恐れているのか? それともAIの力を信じているのか…? 彼自身、AIを完全に理解し、制御できていると思っているのだろうか?

映画を鑑賞した後、金田は苦沙弥に話しかけた。

「苦沙弥先生、あの映画、面白かったでしょう?AIが人間を超える、そんな時代が本当に来るかも知れませんね」

苦沙弥は少しだけ沈黙した後、静かに答えた。

「金田さん、AIが人間を超えるかどうかは、まだ分かりません。もしそうなったとしても、私たちはAIと共存していかなければならないでしょう」

金田は苦沙弥の言葉を聞いて、不敵な笑みを浮かべた。

「共存?そうですね。共存するためには、どちらかが主導権を握らなければならないでしょう」

彼の言葉は、AIとの戦いを宣言しているかのようだった。吾輩は、金田が「主導権を握る側」に立つことを疑わなかった。


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