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ホテルニューオータニと、わたし。



あの頃、まだ幼かった私はいつも
「何か、突拍子もないことがしたい。」と。
そうやって前に進みました。後先を考えず、損得も考えず、化粧は濃くても素顔に近いような。心はいつも、何も着飾っていない。裸にも似た状態で過ごしていました。自分がどんな自分になりたいのか、どんな大人になりたいのか、自分のことをよく知らないまま、人生の選択をしていたのです。それは知性のカケラもなく、本能に近い様子で、非常に、動物的な生き方だったようにも思います。その感覚はもう、現在の私には残っていません。大人になった私の心に、「自由」は殆どありません。それは、大人になるたびに分かってきたことがあって。大人になるたびに、守りたい自分が増えて。大人になるたびに、大切にしたいことが明確になったからですね。

ただやっぱり、「若さ」とは、特別な色だと思うのです。うんと鮮やかなのが似合う。とっても、羨ましいですね。例えばあの、夏の入道雲に負けず劣らず、充分に広がるパキッとした空の「青」です。やはり若さとは常に、「突拍子もないことがしたい」と言える自由を片手にしていますから羨ましい。私も例外に無く、そんな「青」の世界に飛び込んだんですね。

あの時そこで見た景色は、幼い私にとって、なんとも煌びやかでした。初めて「大人」に近づいて、こんな大人になりたいと敬った。そんな経験を、今夜は綴ります。前置き長くなりましたが、10年前の昔話を。はじめます。


それは10代最後の冬のことでした。
短大2年生だった私は、日本の「ホテル御三家」と言われる、“ホテルニューオータニ”で、数ヶ月間、働くことになったのです。2年の就職前に行われる「インターンシップ」の一環で。「ホテルビジネス科」の生徒はそれぞれ、希望のホテルに教師から推薦してもらう形であり、許可が出れば数ヶ月間、実際に働きに出られるという課外授業。完了して、単位がもらえるわけです。

そこで、青々しかった当時の私は必殺技。
「突拍子もないことがしたい」と。
何故か一番ハードルが高いであろう、“ホテルニューオータニ”への修行に飛び込んだのですね。その選択をした時の心境は、鮮明に覚えています。なんだか、自分なら大丈夫な気がしたんですよね。どうせ行くなら、めちゃくちゃヤバそうなやつを選ぼうって。私のめちゃくちゃな本能が「青」に手を出しました。

そうして一人。群馬の、ど田舎からニューオータニへ。寮に住み込み、3ヶ月弱の暮らしが始まったわけです。職業は「ベルガール」
想像以上のハイクオリティな「ベルガール」となりました。この長い人生のエンドロールには少なからず、このベルガール勤務が組み込まれることでしょう。

やはり、日本の御三家の名に相応しく、ニューオータニは格段に高級で。日々、お偉いさんが沢山いらっしゃいました。政治家や、アーティスト、めちゃくちゃ訳分からん金持ちが、数年間ホテル暮らしをしているなんてこともザラにあって。時にマダムに「今夜は、寒いですね。」と話を振ったら、「お寒うございますね」と返されたし。また別のマダムには「ごめんあそばせ。」を喰らいました。そのくらいです。はたまた、大量の観光客。夜になると、ロビーは外国人でいっぱいになりました。そこで私は、ベルガールとして、フロントに立ちお出迎え。宿泊客を部屋までご案内する役目を負っていたわけですが。私が話せるのはもちろん、日本語だけですので。夜の出勤では英語の教科書を片手に震えながら通勤し、緊張で震えながら、しどろもどろでも会話をし続けたわけです。
「ATMはどこ?」とアメリカ人に聞かれて、
「go!マッスグ!」と答えたのが私でした。

そんな感じの私も、1ヶ月もしたら外国人に英語を褒められ、「グッジョブ!」みたいなことで、チップをもらうようにまでなっていました。そのチップの1000円で買うのはいつも、コンビニのちょっと大きめのあったかい飲み物と、あったかいお弁当でしたね。


そうやって、お部屋までのご案内をする他にも。ニューオータニでは、大型の結婚式が1日に何件も行われ、大型の宴会もあり、クロークや、料飲なんかまで、アレコレ手伝いに回りました。そうしてその3ヶ月弱で、丸裸だった私の心には「大人の世界」がどれだけ細やかで、正確で、カッコいいものかが染み付いたんですね。「最高峰の接客力」みたいなものを、目の前で見ては、身体に叩き込んで。今思えば、それが私の仕事スタイルの、
ルーツになっている。とさえ、思います。



そんなことを今日、あるラジオを聴いていてふと、思い出したんです。やっぱりあの頃の「若さ」には、特別な色があったなぁと。少し、羨ましくも思いました。
私にはもう、「若さ」は無い。無いですからね。

ただ、あの頃の「若さ」の色と引き換えに、得たものは何でしょう。今の私はどんな色をしているのでしょうか。そう考えれば、なんてことない。歳をとるというのは、最高の厚みだと感じます。何層にもなって柔らかいグラデーションになって、「社会」を沢山、知ったなかで、その全ては無駄にならず。歴史が織りなすオリジナルのカラーのうえで、今日の私は生きている。出来上がっていたのですね。いつだって今日が、史上最高の私。


あなたの青は、何色になりましたか?
これからも、見たことない自分に会えるのでしょう。楽しみましょうね。

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