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「無罪モラトリアム」を聴いて


ふと思い立って、椎名林檎の1stアルバムを聴いた。何年ぶりだろうか。つい最近、旦那さんと「CD」の良さについて語っていたもんだから、その気になったのだろう。

つい、10年前までは音楽シーンが違った。好きなアーティストの音楽は、わざわざ発売日にバスを乗り継いで駅まで行って、店頭でCDを探した。お目当てを見つけるとそこにはケースに映る、アーティスト渾身のジャケット。それを手に颯爽と購入して。帰宅し自分の部屋に篭りオーディオでCDを流したんだ。今ならiPhoneひとつで、ソファにゴロゴロしながら買えるけどね。あの、一音目を流す前のウズウズと歌詞カードを手にした瞬間の高揚感は今はもう、ないのだろう。

そして、一音目からラストまで聞き入ってしまう、アルバムというのはやはり時代を超えても色褪せないものだ。

名盤のCDアルバムというのはやはり、トラックとトラックのあいだにある、間(ま)まで緻密に計算していて。一曲目の一音目から、最後の最後の音まで全く見逃せなかった。全ての「曲」は勿論、次々に色が変わり流れる名曲、それらを繋ぐ間(ま)の有無や、繋がりそのもの。そして最後の最後の音が終わった時に訪れる空気。襲いかかる「感動」の渋滞。その全てがアーティストの作品だったのだ。

なんて。夫婦共に音楽好きの私たちは、熱く熱くいつまでも語っていた。そんな背景があって、今朝の私はApple Musicで検索をかけ、椎名林檎の1stアルバム「無罪モラトリアム」を聴いたんだ。実物のCDはどこへ置いてきてしまったのかわからない。そして最初の一音で私はタイムトリップした。


音が鳴り響く自宅のリビングで、まさしく私はあの頃の懐かしさと感動に襲われた。次から次から感動が甦り、身体中がジンジンするほど、音楽に浸ったのだ。曲の魅力をこれでもかってくらいに浴びては、あれよあれよと、椎名林檎の醸し出すイケナイ幸福感に満ちた。

ちなみに。タイムトリップ先は、中学2年生の私だった。そしてトリップ先の住所は、中学校の教室。自分の席だ。あの教室に行き交う人の流れや温度。黒板消しの粉や、時計の位置、掃除の時間の役割分担を決めるくるくる回す紙のカードなんかが思い出された。理科室や、音楽室にそれぞれある空気感も。

それに、どこにいても机に落書きをしだす、幼い生徒だった自分も鮮明に思い出された。

ちょうどその頃というのは女性アーティストが2極化していて。トップ争いはいつも、「浜崎あゆみ」と「倖田來未」だったことを覚えている。私のクラスメイト、エリナとミカがそれぞれ「あゆ派」と「倖田組」にクラスを分けた。まぁ、私のクラスだけではなく、大抵中学2年の女子はどちらかにハマっていたように思う。他は「aiko」や「EXILE」や「安室奈美恵」なんかの。そこや人気アーティストに散らばっていた。ちなみにその頃は、「モーニング娘。」が終わり「AKB48」が始まる前だったから。ちょうどアイドル文化の隙間だね。

そんな中で、中学2年生のわたしは一人。「椎名林檎」の1stアルバムを聴き漁っていたわけだ。筆箱ならぬ「カンカン」のペンケースの裏に、名曲「ここでキスして」の英語詩をなまえペンで書き写して。理科室や、音楽室に行っても、机にはお気に入りの英語詩をシャープペンシルで書き写していた。

“ I'll never be able to give up on you
So never say good bye and kiss me once again "
(歌詞と全く関係ないけど兎に角、格好つけたかった中学2年生の行動は今思うと恥ずかしくてとんでもない)



その様子を見ていた友達から「これ、何の歌詞?」と聞かれても、私は「え〜?内緒。」と答えることにしていた。どこかで、「椎名林檎が好きだ」と言うのが恥ずかしく、またどこかで「椎名林檎の良さはお前らにはわかんねぇよ」と昂っていたのだ。そうして、友達には「椎名林檎」を抑えたまま。週末に友と出向くカラオケではとりあえず「倖田來未」の14週連続リリースの曲を全部歌えるようになったり、「浜崎あゆみ」をまぁまぁマイナーな方面まで知り尽くしながら、家に帰るとひたすらにこの「無罪モラトリアム」に夢中な日々だったのだ。私にとって椎名林檎は兎に角、格好良くて、オリジナリティに溢れ、芸術的な歌声は、いつだって自分をとんでもなくエキセントリックな世界に連れいってくれたのだろう。平穏な毎日にどこか刺激を求める中学2年生のわたしは、椎名林檎のショートカットに憧れ髪を切ったし、初めて買ったDVDは東京事変だった。毎日毎日擦り切れるほど聴いた。ここから私はどっぷり、ロックにハマっていくのであった。(中でも一番好きなアルバム曲は“モルヒネ”だった。トリッキーな中学二年生である。)


思えばあの頃から私のアイデンティティは変わらないのかもしれない。心のどこかで「自分が好きなもの」は確立されていて、それが周りと共感できずとも、感動を楽しめていた。誰かに伝えたいとはあまり思わなかった。それはきっと周りに理解されないことが怖くて。あるいは、ちゃんと「まわり」に合わせる目を持っていたからだろう。心は少しだけ臆病なのだった。

ただ、あの頃よりも私は成長した。臆病な自分や、そうせざる終えなくなる社会を遠くから見られるようになったのだ。

この社会では大人になればなるほど、周りから理解されないだろう宝物を隠し、理解されるための建前ばかり上手くなっていく。けどそれじゃあ、自分の心はどんどん拗ねてしまうし、人生は全然面白くならないんだと気づいたのだ。

だから今の私は、あの頃と少し違う。
自分が好きなものは、「好き」だと言う。
理解されなくても「好き」に浸かって、伸び伸びとしている。そんな私はOKだし、あなたもOKだろう。人間は好きなことしなきゃな。それが本質だろう。本当に守りたいものは、「好きを楽しむ豊かな自分」
教えてくれたのはあの頃の私と椎名林檎。
今日はそんなところです。

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