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コミュ障ほど他人に厳しい

私もあまり
人として積極的に関わることはしませんし
元々凄くコミュ障な方だったんですけど

今思えば
その当時って
とっても人に対して厳しくて
過剰に求めていたように思います。

コレはこうするべきだろう!
と世の中に対して
他人に対して求めていたんですよね。


たとえば
電車の中で大きい声で
話している若者や
映画館で映画を観ている時に
話しかけてくる友人にイライラしたり

自分でも
さすがに怒りすぎだなーと
感じたことがあって

看護学校の授業中に先生が
大腸がんになっている日本人が
増えているというお話をされていて

なぜか?

という問いを我々生徒に
投げかけたんです。

そして
日本人の食生活の変化が挙げられる
という話の流れから先生が
目の前にいる若い男子の1人の生徒に

「お肉とかばかり食べたりして
 和食のようなヘルシーな食事
 最近してますか?」

と問うと

「和食もお肉も…
 まぁどっちもほどほどですかね…」

と答えたんですよ。

その時もう
めっちゃイラッとしたんですよ私(笑)

もちろんそんなことで
怒る必要はないのですが

その場の話の流れ上
日本人の食生活の欧米化が
健康問題に繋がっている
という流れはわかるじゃないですか。

しかも
まだ「私は和食派です」
と答えるならまだしも

どっちつかずの答えって
質問者からすると
1番扱いにくくて
返答に困ると感じているので

せめてハッキリ答えろよ!

と感じてしまいました。

ここからが本題なのですが
こういう

「言わなくてもわかれよ!」

という思考って
コミュニケーション不足から
生じているんですよね。


そもそも
お互いが何を考えてるか
何を大事にしているか
という価値観ってバラバラで

しかもその瞬間瞬間に
優先順位も変わる。

なぜそのような行動を取ったのか

その背景にどんな考えがあるのか
しっかり相手から聞かないと
わからないわけですよ。


うちに4歳の娘がいて
洗面台の上に
乗ろうとしたんです。

その瞬間危ない行動と思って
叱ったんですけど
全然娘は聞く耳を持たなかったんです。


そこで

「どうして洗面台の上に立とうとしたの?」

と聞くと
少し間を空けて

「…歯ブラシを取ろうと思った」

と答えたんです。

手段としてはあまり
良くなかったかもしれませんが

相手の意図や思考過程を聞かず

これはこうだから!
これが常識でしょ!

という姿勢だと
周りに対してイライラしてしまいがち。

その場面だけ切り取って
勝手に解釈してしまうから
お互いに分かり合えずに
イライラしてしまう。

人間関係の問題って
ほとんどこんな感じじゃないですかね。


私はこう思う。
私はそうは思わない。

というズレも
お互いに話し合って
共感せずとも
理解しておけば
トラブルには至りにくい。


今日知ったんですけど

ドイツでは2011年に連邦法が改正され
子どもの声が騒音規制の対象外になった。
14歳未満の児童保育施設や遊戯施設で
子どもや世話にあたる大人が発する音声を
「原則として有害な環境作用ではない」
と定義された。

ということらしいんですね。

この背景にはおそらく
子供の声を
騒音と感じている人と
騒音と感じてない人と
分かれていて

保育園などの近所の住人が

「子供の声はうるさい!騒音だ!」

という意見と
そうじゃない人の意見で
揉めていたんでしょう。

この問題の本質も
お互いの価値観が違うことと
それをコミュニケーションせずに
主張し合っていたことに
問題がある
と思うんです。

それを法律で
〝騒音じゃない〟
と決めてしまうことで

好き嫌いはともかく
答えを決めたから
この価値観を
受け入れていきましょう
として

文句があるなら
自分がそういう遊戯場の近くから
自分が離れたら良いだけ

という線引きが
できたんだと思うんですね。

子供の声が騒音かどうかを
言わずにお互いにわかってもらおうとせずに
話し合って決めれば良くて

その点
人と話で解決しようとしない人ほど
自分の価値観を
ノーコミュニケーションで
相手に押し付けるから
他人の言動が気に入らなくて
他人に厳しくなるのだと思います。


コミュニケーションを通して
相互理解をすることができれば
他人に対して怒りの感情を
持ちにくくなるよね

というお話でした😌

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