ゲームとソシャゲは構造的に別物って話

ゲームはやるなら!買い切りで!

ゲームとソシャゲはコアシステムが全く違う

まず、ゲームにも色々あるんですが、ベースのデザインとしてストレスを足して引くって仕組みがあります。これはじんるい種がストレスのギャップを快感として感じるのが土台にあって、そこに数値の累積とか知的刺激とか競争勝ち負けとかも加えることでアドレナリンとかがドパドパするように構成しているのが古今東西のゲームなわけです。

つまり、ゲームは中核システムを娯楽となるように焦点をあてて構築されるので、そのシステム自体が収益性も兼ねさせるような造りになりませんというか無理やりそういう風にするとスゴいストレスモンスターとなってなんかやらないほうがいい存在になる。なった(過去形)

対して、スマホゲームの中でもガチャに類するタイプのソシャゲは、いかに収益性を高めるか、というとこに支点をおいてデザインが進められます。集金システムとしての代物に後からゲームシステムを考えて当てはめるので、実績のあるゲームシステムを持ってきても噛み合わせがわるくちぐはぐな物体になってしまうわけであります。

たとえるならラーメンのスープでうどんを食ってるような……いや、これは普通に食べれるので実際には激辛スイーツくらいのちぐはぐ感。分けて食べたい。

継続課金システムの厄介さ

人類っていうのはめんどくさい生き物で、普段はお金は出さないけどお脳の特定部位をちょいっと押されるとホイホイお金をだしてしまう厄介なとこがあり、それに応じて買い切り>月額課金>ガチャって感じにヤバい購入形態が登場してきたんです、はい。

ランダム商品自体は昔からあったんだけど、電子ゲームと組み合わせるっていうのがまあひどい。特にPaytoWinていう勝つために課金させる導線にガチャで強パーツをとらせるっていうのは、控えめにいってろくでもなさすぎる悪魔のシステム。

じんるいは負けず嫌いな生き物なとこがあり、お金払って勝てる優位に立てるなら困ったことにホイホイ払ってしまう層がおる(全人類ではないが割とたくさんおり集金システムに狙い撃ちされて怖い)。

そしてサービスを続けるためにはお金を出し続けてもらう必要があるので、あの手この手でより強いなんかを出し続けるんだけど、ジェンガサグラダ・ファミリアみたいなもんで時間が経つとこうすごい勢いでバランス破綻を呼び起こしてしまう。

この辺、ちゃんと完成させた上で後からバランス調整を入れたり、バランス破綻をさせないように気を使って付け足される買い切りゲームとは非常に相性が悪く、サービスイン当初はいいゲームでもサービスが続くに連れてまったくもって困ったヌエとかキメラみたいな代物になっていくのが多々あるのでした。

だもんで、ゲームをやりたい、というお気持ちのときは今はもう買い切りゲームしか手につけてません。

戦場へ

そんなこと言いつつまだソシャゲも回してはいるんですが、もうシナリオやキャラを接種するコンテンツと割り切っています。どうあがいても99%までは構造的にゲームとしての面白さを維持できない運命なので、ゲームを味わいたいなら買い切りかせめて月額課金のゲームにいくしかないんですなぁ。

今回はここまで、またな。

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