走れ、穿て、守れ -4-
エンジン駆動音を聞き流しながら集団誘拐事件の情報を追っていた俺はS・Rの呟きに生返事で応答した。そんな俺に構わず話を続けるS・R。
「あの子さ、後ろ向きで引きこもりで意地っ張りで人見知りで、でも書く話はスッゴく面白くて」
俺はすぐに、今話題にあがっているのが彼女の友人であることに思い至った。文字書きとしてはそう珍しくない特徴だ。俺やS・Rの様にワザワザ鉄火場に出張ってくるパルプスリンガーの方が少数派だろう。
「知らない人に読んでもらうの恥ずかしいっていってごねてるのなだめて背中押してやったらさ、これだよ」
「今日が初参加、かぁ……それは確かにムカつく話だな」
大多数の作家にとって、自分の書いた物を初めて世の中に出すのは一大決心の元で行われるものだ。
まあ俺の時は確か、書きたい衝動のままにかき上げてぶっ放した覚えがあるが。幸いにもそこそこ受けは良かったが、今思うと結構な凶行だった。
「だからさ、あの子の背中を押した女としてアイツらは徹底的にぶっ潰してやらないとね」
「ああ、徹底的にな」
彼女の口調こそは冷静その物だったが、彼女の鬼気迫る怒気は隣にいる俺を引かせるには充分な強さだ。だがしかして、俺とてそんな彼女をなだめる気はない。
作家の花道にこんなお寒い水差しをかました以上、同じパルプスリンガーとして首謀者をつるし上げて俺達の気が済むまで鉛玉を叩き込まなくてはならない。絶対にだ。
「だが一つ気がかりなことがある」
「なんだい?」
「この件、クリエイターにしか手が出されていないようだ」
俺がネットでざっくりと漁った内容を伝える。残念ながらこういう緊急時には、マスコミよりもその場にいる野次馬の方が情報提供が早いのが現実だ。
「それって、クリエイターがターゲットって事?」
「そうなる。おそらくはS・Rが手を出してくるのも相手の予想の範疇だろう」
「ますますもってムカつく話だね」
アクセルがさらに踏み込まれ、車の速度が危険な領域へと上昇していく。他の一般車を軽々と追い抜いていくフロッガー。
と、正面の遥か彼方に、パトカーが交通規制を行っているのが見えた。おそらくはこの先にいる誘拐犯の車両に一般人を接触させないための措置だろうが、俺達にとっては無駄な行為だ。
「飛ぶよR・V!ちゃんと掴まってな!」
「あいよ!」
猛スピードで突っ込んでくるこちらを前にして動揺しながらも、果敢に食い止めようとする警官達。その姿が一気に下方へと消える。
ガン・フロッガーの後部があたかもカエルの様に変形し、高々と跳躍。正面を塞いでいたパトカー及びに警官達をあっさりと飛び越えてしまった。
「悪いねアンタ達!こちとらダチが待ってるんでね!」
唖然とした表情でこちらを見送る警官達を尻目にガン・フロッガーは再度車輪を高回転させ、トップスピードにまで加速する。タイヤが熱くアスファルトを削る音だけが警官達の耳に残った。
【走れ、穿て、守れ -4-:終わり:-5-へ続く】
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